連続インタビュー「心の社会性」
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第13回
文学研究科准教授  高橋泰城
-- 先生の研究テーマ「時間割引」について教えてください
 「今すぐもらえる1000円と、1年後にもらえる1000円。どちらを選びますか?」という質問に、「今すぐもらえる1000円」と答える人は「今の1000円」より「未来の1000円」の価値を小さく感じています。このように現在に比べて未来の報酬の価値が割引かれることを時間割引といいます。
 「今すぐもらえる1個のチョコと1週間後にもらえる2個のチョコ。どちらを選びますか?」という質問に「今すぐもらえる1個」と答えた人たちに、続けて「1年後にもらえる1個のチョコと、1年と1週間後にもらえる2個のチョコ。どちらを選びますか?」と質問します。すると「1年と1週間後の2個」を選ぶ人もいます。2つの答えは一貫していませんね。これは「選好の逆転」という現象です。未来の報酬の価値が時間の経過に伴い反比例的に小さくなることからも説明可能な現象です。
 割引率(未来の報酬が割引かれる速さのようなもの)の大小には個人差がありますが、一般的に割引率が大きいほど判断や行動は刹那的・衝動的になると言われています。先ほどのチョコの例は、未来の2時点間の割引率よりも直近の2時点間の割引率のほうが大きくなるため、遠い未来のことは冷静に判断できるのに直近のことには刹那的な判断をしてしまうと解釈できます。私は時間割引が起こる生物学的プロセスと、時間割引にどういう意味があるのかという2つの点に関心があり、この問題を神経経済学の立場から解明したいと思っています。
-- 神経経済学とは聞き慣れない分野ですが・・・
 人間は常に矛盾なく利益を追求するものと考える行動経済学では、選好の逆転はありえないことです。しかし行動を生物学的に解明しようとする神経科学でなら選好の逆転が起こるメカニズムを説明できるかもしれません。行動経済学では数学的に理論モデルを構築します。神経科学では体内のホルモン濃度を調べたり、神経イメージングという手法で脳の活動を可視化したりしてデータを集めます。その両方から意志決定のしくみにアプローチしようとするのが神経経済学です。
-- 時間割引率の大きさを決める要因は何ですか?


 たとえば、ニコチン摂取量が多い、違法薬物を使用している、アルコール依存が見られる、セロトニンが少ないといった人は割引率が大きいという報告があります。 体内にニコチンが蓄積すると割引率が高くなるのか、割引率が高くなる遺伝的な要素があると喫煙するようになるのかはっきりしませんが、禁煙後には割引率が小さくなることを示唆する研究もあります。また、脳の発達という観点から、前頭葉の神経ネットワークが密な人は割引率が小さくなるという研究もあります。
呼気中の一酸化炭素濃度を測る機械。喫煙量が多いほど呼気中の一酸化炭素濃度は高い。  
-- 時間割引はどのように応用され、発展していくのでしょう?
 予防医学への応用が考えられます。時間割引率が大きい人に対して、薬物依存やアルコール症になりやすい、といった予測や予防ができる可能性があります。 また最近は、どうしたら割引率を小さくできるかという研究もあります。たとえば数年後の自分を想像することは割引率を減少させます。アメリカでは肥満による生活習慣病が大きな問題であり、割引率と肥満の関係が研究されています。日本人においても、肥満と選好の逆転には関係があると報告されています。一方、日本では薬物依存のうちでも特にアルコール症が一番の問題の一つですが、割引率を小さくすることでアルコール症の改善や予防が期待されます。
 時間割引率は対人的相互関係に影響するかもしれません。たとえば長期的な関係を築くときに時間割引率は小さい方がよい、などです。残念ながら、生物学的アプローチと社会科学的アプローチの間の交流はまだ不十分です。一つのテーマに経済学、心理学、生物学と異なるツールを使って迫るのが神経経済学の魅力です。分野間の壁がなくなり連携が進むことで、新たな展開を期待しています。
メモ
文学研究科行動システム科学講座 高橋ゼミ
学部生4名
他己紹介
高橋泰城先生は、生物物理学専攻からスタートし、人間の意思決定を扱う研究に移行しました。COEチームの中でただ1人の純理系教員として、文理の融合を図る役割が期待されています。どこか不思議な感じのする「たいきさん」は深々とした議論を好み、学生の人気も高い研究者です。
(文学部行動心理学講座 亀田達也)
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