連続インタビュー「心の社会性」
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第4回
フィールドワークで、そこに暮らす人々の世界を内側から理解する
文学研究科北方文化論講座教授  煎本孝
-- 人類学とは?
煎本教授写真 人類の起源と進化を知ることで「自分とは何か」を知る学問です。人類の生物学的な起源は化石を調べることで、ある程度わかります。一方、心や行動は化石のような形で残りませんから「心の起源」を知るのは難しいことです。でも、人類の起源を知るためには心の起源を知る必要があると思っています。
-- カナダ・インディアンを研究対象に選ばれたのはなぜですか?
 人類が誕生したのは今から約500万年前、農耕や牧畜を始めたのは約1万年前といわれています。農耕生活や牧畜生活を始める前、つまり誕生してからおよそ99.8%の期間を人類は狩猟・採集生活で過ごしてきたのですね。人間の心や社会はこの期間に作られたと考えられます。
 カナダ・インディアンは、現在もトナカイ猟をしている民族です。牧畜や農耕を始める前の人類と現代に生きるカナダ・インディアンとでは、人間としての形質も文化も違っていますが、生態つまり生活のしかたには似たところがある。だから、彼らの集団性、社会性を知れば「心の社会性」の起源が明らかになるのではないかと思ったんです。
-- カナダでフィールドワークをされたのですね
著書「カナダ・インディアンの世界から」 人類学の基本はフィールドワークです。私たちはフィールドに行き、そこにいる人たちと生活することで彼らの世界を内側から理解しようとしています。私は30年ほど前に、1年間にわたってカナダ・インディアンと暮らしながら、そのライフスタイルやものの考え方を調査しました(注)。彼らは夏は湖のほとりで漁をして暮らし、店で買い物もしますが、冬になるとトナカイを獲るために雪原でキャンプ生活をします。調査の結果、彼らは人間同士だけでなく、動物との間にも互恵的な関係を認識していることがわかりました。互恵的な関係とは、お互いに相手にとって利益になることをしあう関係です。
-- 人間もトナカイに利益を与えるということですね?
 そうです。人間はトナカイに肉をもらい、お返しにトナカイに対して敬意を払います。トナカイとの約束を守ることが、人間からトナカイへの敬意の現れです。その約束とは、人間とトナカイとの互恵についての物語を語り継ぐことや、トナカイの魂を傷つけない殺し方をすることなどです。彼らはトナカイを人格化しており、対等な存在として「尊敬のやりとり」が可能だと考えているのです。
-- 動物を含む自然を人格化するのはカナダ・インディアンだけですか?

 いえ、自然の人格化は人類共通に普遍的に行われてきたのではないかと思います。 狩猟民族は動物を人格化する一方で、生活のために動物を殺さなければならない。その矛盾を解決するために、「初原的同一性」という考え方、つまり「動物は昔、人間の言葉を話した(=人間と対等な存在だった)が、今はそうではない」という理解をしています。私はこの初原的同一性が、さらに時代をさかのぼって現生人類のころから見られるのではないかと考えているんです。今後、それを明らかにしたいと思います。  

今、世界中でさまざまな問題が起こっていますが、人類レベルで見ると、心をコントロールすることで解決できる問題もあるのではないかと思います。人間とは何かを知り、心の社会性を知ることで、今後の人間がとるべき方向性を見いだすことができるのではないでしょうか。

):「カナダ・インディアンの世界から 煎本孝著 福音館文庫」で詳しく紹介されています
メモ
文学研究科北方文化論講座 煎本ゼミ
大学院生博士課程2名、修士課程3名、ポスドク1名、外国人客員研究員1名
他己紹介
煎本先生には普段なかなかお目にかかることができません。とても頻繁 にフィールドに出かけられているからなのです。それは学生の方たちも 同様で、いつも熱心に研究されているなあと思っています。
(文学研究科行動システム科学講座 高橋伸幸)
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