連続インタビュー「心の社会性」
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第6回
進化する経済の複雑さは生物の進化に似ている
経済学研究科現代経済経営専攻教授  西部忠
-- 経済学を新しい視点からご覧になっているのですね
西部教授写真 従来の経済学の考え方は、「人間は合理的である」という仮定に基づいています。消費者はできるだけ安い値段で自分のほしいものを手に入れようとし、企業はできるだけ高い値段で商品を売りたいと思っている。市場経済はこのバランスで成立するものであり、財政・金融政策で景気を制御することができると考えられてきました。ところが、この考え方では説明のつかないことが出てきています。私たちはむしろ、「人間は完全に合理的ではない」という見方のほうが理にかなっているのではないかと考えています。
-- 完全に合理的でない人間はどのように行動するのでしょう?
 人間が完全に合理的だとすると、たとえばコンビニで買い物する場合、その店に売られている全商品の価格が頭に入っていて、どれが最も自分の要求を満たすものかを計算して選んでいる、ということになります。でも、実際にはそんなことはないですね。人間は自分の習慣や、多くの人の習慣が集まってなんとなく形成される慣習や、自分の家族とかコミュニティで共有されているルールに従って、複雑に選択や判断をしています。
-- そのような人間の行動がどのように経済社会に影響を与えるのですか?
 個人は小さな(ミクロな)存在ですが、ルールに従って行動することで、大きな(マクロな)経済社会に何らかの「結果(パフォーマンス)」をもたらします。その結果によってルールが修正され、修正されたルールが個人の行動に影響を与える。すなわち、個人と経済社会はルールを仲立ちにして相互に影響しあうわけです。
-- その大きな流れを生物の世界に例えているのですね
 先ほどお話ししたように、ルールが変更されると個人の行動が変化し、結果的に経済社会の結果が変化します。あたかもルールが遺伝子であり、経済社会に見られる「結果」が遺伝子の表現型であるかのようです。生物の世界では、遺伝子の変化が蓄積され、淘汰されて進化が起こります。経済もこれと同じようなものと捉え、この考え方を「進化経済学」と呼んでいます。
-- 進化経済学の考え方を応用してどんなことができるのですか?
著書・進化経済学雑誌 遺伝子工学という技術があります。生物の遺伝子に書き込まれている遺伝暗号を改変すると、本来その生物が作るものでないタンパク質を作れるようになります。進化経済学では、遺伝子に対応するのが社会におけるルールです。ルールに人為的な変化を与えることで間接的に社会の動きや結果に緩やかな変化をもたらすことができるのではないかと考えます。規制緩和も人為的な変化の一つですね。
 「制度」は「ルール」の集合体です。まず制度を設計し、それによって個人の行動がどう変化したかを検証しつつ、適切なルールの変更を行い、また個人の行動の変化を検証する、というループを作れば、望ましい経済の状態に近づけていくことができるのではないかと思います。この考え方を「進化主義的制度設計」と呼んでいます。具体的な方法としては、貨幣制度を少し変えてみる --- 例えば我々がふだん使っている「円」のほかに「地域通貨」のようなものを作ってみることを実験しています。
-- 地域通貨を使うことで、どんなことが期待されますか?
地域通貨のいろいろ 商工会などが中心となって発行する地域通貨では、まず地元商店街の活性化が期待されます。実際、苫前町で行われた実験では地域通貨が貨幣(円)の5〜6倍の速度で流通していました。また、地域通貨を有償ボランティアの報酬として使えば、自治体の財政危機により低下した公共サービスを補う働きやコミュニティの活性化にもつながります。地域通貨が、本来まったく無関係だった市場とコミュニティを結ぶ新しいルールになる可能性があるのですね。
 また企業の中には、環境保護に関わる活動をした社員やその家族にポイントを与える「企業内通貨」の取り組みを始めているところもあります。このシステムが動くことで環境保護に貢献でき、それは企業としての社会的責任を果たすことにもつながります。これも貨幣制度に工夫を加えることで起きた、新しい効果といえるでしょう。
メモ
経済学研究科現代経済経営学専攻 西部ゼミ
 
他己紹介
 地域通貨には以前から私も関心を持っていて、西部先生の研究もよく読ませていただいてます。地域通貨には、狭い意味での「経済合理性」を超えて、新たな「価値」を生み出す不思議な魅力があると思いますが、西部先生は早くからそこに着目して研究されていてユニークだと思っています。西部先生の地域通貨研究と、行動システム科学講座の高橋先生が中心に取り組まれている一般交換の話は、連続的に接合可能なのではないかと思っています。そんなコラボレーションが実現されたら、もっとわくわくする研究が広がっていくのではないでしょうか。
(文学部行動システム科学講座 大沼 進)
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