連続インタビュー「心の社会性」
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第11回
教育学研究院教授  室橋春光
-- 先生の研究テーマは発達障害だそうですが、詳しく教えてください。
 私たちは大きく二つのことを行っています。一つは発達障害の子どもたちに対する学習援助、もう一つは障害が起こる原因を知り、学習援助の効果を科学的に裏付ける研究です。 発達障害では読み書きや意思疎通など特定の行動がうまくできないケースがあります。ADHD(注意欠陥多動性障害)には投薬の効果が見られることもありますが、ほかの障害では直接的な薬物の効果はなかなか見られません。ですから、できるだけ子どものうちに障害を発見して適切な関わり方や教育をし、社会の中でその子の特性が活かされるように育てることが大切です。
-- 発達障害を持つ人が、特定の分野で優れた仕事をする例がありますね。
 著名な芸術家や研究者、会社の社長などの中には発達障害を持つ人が少なからずいます。エジソンやアインシュタイン、俳優のトム・クルーズなどが有名です。発達障害の特徴の一つは能力の凸凹が大きいということです。欧米では秀でた能力を「神から与えられた才能」と考え、それを伸ばそうとしますが、日本では「まんべんなくできる」ことを重視する文化的土壌があるため、「できないこと」に目が行きがちです。だから彼らは生きづらさを感じるし、持っている能力も活かしづらい。 そもそも能力の凸凹は誰にもあるものです。その程度が激しく、本人や周囲が対応困難になると発達障害とされますが、障害なのかそうでないのかは相対的な部分があり、できない部分が目立つと障害、秀でた部分が目立つと個性と呼ばれる。その違いは紙一重です。
 能力の凸凹ができる原因は、脳の機能を決める遺伝子のパターンでしょう。しかし一つの悪い遺伝子が原因というわけではなく、関連する一連の遺伝子があって、それらにどうスイッチが入るかで脳の機能が変わってくると考えられています。 遺伝子のスイッチを入れるのは環境です。社会環境からのストレスによって分泌されるホルモンや、虐待なども広い意味で環境と考えられます。たとえばMAOA(モノアミン酸化酵素A)という神経伝達物質の働きを調節する酵素があります。働きが弱いMAOA遺伝子をもつ子どもがひどく虐待されて育つと反社会的行動を起こしやすくなるという報告があります。
-- 同じ遺伝子を持っていても、障害が現れないケースもあるのですか?
 脳の基本的機能は遺伝子によって決められていますが、脳の働き方は成長に伴ういろいろな経験(訓練)によっても変わると考えられます。遺伝子は脳が最終的にどういう形にできあがるかまでは決めていないのですね。日常的な活動が制限されたり、社会参加ができなかったりして十分な経験ができないと発達障害が現れやすくなりますが、集団の中で友達が理解して助けてくれればよい特性が伸ばされます。発達障害に対する理解が広がり、周囲の人が支えてくれることで、彼らの特性が障害ではなく個性に育つ可能性があるのです。
-- 理解することのほかに、私たちにできることはありますか?

 視点の転換です。かつて炭坑では、毒ガス検知のためにカナリアを連れて抗内に入りました。カナリアが生きていれば危険はないと考えるのです。私は、発達障害の子たちは「社会のカナリア」だと思います。この子たちが生きづらいと感じるのならば、それは社会の方にひずみがあるからだと考えるべきではないのかと。
 トム・ハートマンはADHDに関わる遺伝子は狩猟民族に必要なものであったと言っています。ADHDの特徴の一つとされるあえて危険を冒す行動は獲物を得ることにつながり、それが自分の地位を高め子孫を残せました。この遺伝子は農耕民族にとっては必要性が低いですが、芸術、研究、起業などのクリエイティブな分野には有効です。そして、この遺伝子が人類に無益なものであればとっくに淘汰されているはずなのに今も残っているのは、意味のある多様性の一つだからと考えることもできます。 将来的には遺伝子治療の技術で発達障害に結びつく遺伝子の状態を変えられるかもしれません。でも、それは人類にとって本当に幸福なことなのでしょうか。

メモ
教育学院 特殊教育・臨床心理学研究グループ
大学院生20名
教育学部 特殊教育・臨床心理学ゼミ 学部生10名
学部生10名
他己紹介
いつも穏やかで優しくて紳士的,そんな室橋先生にファンも多いことでしょう。走ったり山登りをしたりとてもアクティブな一面も。忙しくても遅くまで学生たちと飲んで語って,本当にパワフルだと感心させられます。
(教育学研究院人間発達科学分野 河西哲子)
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