連続インタビュー「心の社会性」
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第10回
理論と実践で、戦略的行動に負けない 制度を目指す
経済学研究科現代経済経営専攻准教授  肥前洋一
-- 先生の研究テーマを教えてください
肥前准教授 私は、さまざまな制度のもとで人々がどのように行動し、どのような結果がもたらされるか、それをふまえたうえでどのような制度を導入するのが望ましいかを研究しています。こう言うと、実際の制度や人々の行動を観察して制度の良し悪しを論じるのかと思われがちですが、そうではなく、数理モデルと実験室実験による分析をしています。
数理モデルとは、実際の制度とそのもとでの人々の意思決定をできるだけ単純に数式を用いて表現したものです。まず数理モデルで人々の行動を予測し、その制度を実験室の中に再現して実験参加者たちが予測したような意思決定をするか観察します。これまでに分析対象としたのは、CO排出権取引制度、選挙制度、オリンピックの代表選手選考会などです。今もっとも興味があるのは選挙制度ですね。
-- オリンピック代表選手選考会や選挙制度も経済学の研究対象になるのですか?
 従来、経済学は経済活動、つまり消費行動や生産活動、そして消費者と企業が取引をする市場の仕組みなどを研究対象としてきました。ところが、1980年代に「ゲーム理論」を経済学に応用する研究が進みました。ゲーム理論とは、互いの行動が互いの利害に影響を及ぼしあう状況のもとで、相手の出方を伺いながら人々が戦略的に意思決定をする結果、どのような行動をとるに至りそうか(解)を導き出す数学理論です。
たとえば、同じ商品を売っている2つの店どうしは、一方の店でその商品を値下げすれば他方の店の売り上げが落ちるという形で、「お互いの行動がお互いの利害に影響を及ぼしあう状況」に置かれているといえます。ゲーム理論では、店を「プレーヤー」、値下げするかしないかを「戦略」、店の売り上げを「利得」と呼び、値下げのタイミングなど店が置かれた状況を「ゲームのルール」として表現します。この理論を使うと、いろいろな制度を「ゲームのルール」として表現できるようになります。取引制度も選挙制度もオリンピック代表選手選考会も、ゲーム理論を用いて分析するならば経済学の研究対象と考えられるのです。
-- 制度が変わったために人々の行動が変わった実例はありますか?
 選挙制度の変更によって有権者の行動に変化が見られました。中選挙区制のもとでは、一つの選挙区から複数の当選者が出ますので、候補者間で多少票が割れても当選できます。したがって、有権者は自分の支持する候補者にそのまま投票しやすいといえます。しかし、一つの選挙区から一人の当選者しか出ない小選挙区制になると、票が割れることは落選につながります。有権者は自分の支持する候補者に勝ち目がなさそうな場合、自分の票を「死票」にしないために、いちばん好きというわけではなくても勝てる可能性のある候補者に投票するようになります。
 また、市町村合併などについて賛否を問う住民投票で、投票率が一定の水準に達しない場合は開票しない(住民投票そのものが無効になる)という条件をつけるケースがあります。事前の予想で少数派となる人々は投票の結果では負ける可能性が高いので、みんなで一斉に投票に行かないようにして投票率を下げ、開票させないという戦略を立てることができます。実際にイタリアの国民投票で、投票ボイコットの呼びかけにより投票率が規定に達せず無効になったことがあります。
-- 制度を設計するうえで大事なことは何ですか?

 よく考えられた制度でも、穴を突くというか、戦略的に振る舞う人が現れて、思わぬ結果に陥ることがあります。さきほどの住民投票の例もそうです。住民全体の民意を知ろうとしても、投票率が低ければ、投票に来た人たちの中での賛否の割合と住民全体での賛否の割合が違ってしまうかもしれません。そこで「投票率が一定の水準に達したときのみ開票することにしよう」というルールを設けると、今度はそのルールを逆用して、開票させないように一斉に棄権する人たちが出てくるかもしれません。その結果、住民投票が無効になれば民意を知ることができずに終わってしまいます。投票率が一定の水準に達したとしても、賛成派または反対派の一部が戦略的に棄権したかもしれないと考えると、その賛否の割合は住民全体の考えを表しているといえるのかどうか、かえって判断が難しくなってしまいます。
 制度は戦略的に振る舞う人たちが現れたとしても、ゆるがない必要があります。理論と実験により起こりうる戦略的行動を予測し、戦略に負けない「強い制度」をつくるのが目標です。

メモ
経済学研究科・経済学部 肥前ゼミ
大学院生9名、学部生12名(2010年7月現在)
他己紹介
20年ほど前まで,経済学など社会科学では実験は行えないとされていました。 しかし,近年,この経済学に関する常識は覆されてしまいました。人間の選好,意志決定,行動を観察や実験を通じて明らかにする研究が勃興してきたからです。肥前先生は,こうした新領域の一つである実験経済学の分野で望ましい制度のあり方を研究をされている若手のホープです。外観も話しぶりもクー ルですが,胸には熱い情熱を秘めた方です。
(経済学部経済学研究科現代経済経営専攻 西部 忠)
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