本拠点は,21世紀COEプログラム「心の文化・生態学的基盤に関する研究拠点」の成果を基盤に,その理念を継承し発展させることで, "心の社会性"に関する世界最先端の教育研究拠点の形成を目的とする.本拠点の教育研究活動を支える基本理念は,感情を含めた人間の心理・行動システムが集団・社会環境への進化的適応の所産であるという近年の人類学及び脳科学研究の成果を出発点に,心と社会の間のダイナミックな相互形成メカニズム(マイクロ=マクロ・ダイナミックス)を,進化ゲーム理論と自律エージェント型シミュレーションによるモデル構築,国際比較を含む実験・調査・フィールドワークによる経験的検証とモデルの洗練という一連の研究ステップを展開することで統合的に解明するという視座にある.本拠点計画の核となる北海道大学文学研究科人間システム科学専攻は,こうした基本理念に基づく教育研究活動を,21世紀COE発足以前から10年余に亘り強力に展開してきており,国際水準の若手研究者育成,世界最先端の研究成果の発信という両面において,以下に見る特筆すべき大きな成果を収めた.
人材育成の実績については,若手研究者による国際研究誌における論文数が21世紀COE拠点形成開始以降急増し,大きな国際的インパクトを持つに至っている.例えば若手研究者を第一著者とする論文の国際的インパクト(ISI統計による国際研究誌上での被引用数)は,拠点形成開始時の年間数件程度から2005年には年間80件程度にまで増加し,他の人文系COE19拠点の全リーダーによるインパクトの総計を上回るに至っている.こうした人材育成実績は,若手研究者による国内外の学会賞受賞,北米やヨーロッパの大学・研究機関への就職状況などにも結実している.また事業推進担当者による研究活動の成果は,Psychological Reviewなど心理学分野でのトップジャーナルはもちろん,生物学,社会学,政治学など他分野の一流国際研究誌にも多数掲載されており,21世紀COE拠点形成開始以降に国際論文数が急増している.これらの研究実績は国際的に大きなインパクトを与えており,例えば本拠点発の研究論文の国際的インパクト(ISI被引用統計)は,拠点形成開始前のほぼ3倍に達している.
本拠点計画の目的は,21世紀COEを含む過去10数年に亘り大きな教育研究成果を挙げた当専攻独自の理念と方法をさらに発展・強化し,人間・社会科学の新たな流れに向けて国際的な研究全体をリードし得るトップクラスの若手研究者を生む,世界最先端の教育研究拠点を形成することにある.
こうした拠点構想のもと,以下の人材育成及び研究活動を組織的に展開する.
1)新しい人間・社会科学の基盤となる"心の本質的社会性"の解明:2つの基軸による展開
拠点形成にあたって最も強調すべき点は,21世紀COEの目的でもあった"心の本質的社会性"の解明を引き継ぎつつ,さらに深化させる形で,(a)本拠点と方向性を共有する海外主要研究拠点との一層の連携,(b)経済学・政治学などの社会科学領域との実験研究を通じた連携,という2つの基軸に沿った教育研究プログラムを強力に推進する点である.(a)については,同様のオリエンテーションをもつカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)進化心理学センターとの共同教育体制を構築する.これを通じ,優秀な若手人材が早いキャリア段階で世界の第一線の研究場面に直接参加できるようになり,同時に,独自の研究者ネットワークの形成が可能になる. (b)の基本軸と関連しては,現在,社会学者,経済学者,政治学者らと共に,実験を通じた社会科学統合に向けた研究連携を進めている(特定領域研究「実験社会科学ー実験が切り開く21世紀の社会科学ー」)
.実験社会科学とのこの連携は,"心の本質的社会性を解明し,新しい人間・社会科学の基礎となり得る人間像を提供する"という本グローバルCOEの教育研究計画と相補的な関係にある.以上の2つの基軸を通じ,若手研究者は2つの最前線が有機的に連携するプロセスを直接経験することになる.
2)若手研究者育成のための施策の強化
21世紀COEプログラムは,教育面では国際的研究発信能力を持つ若手研究者の育成に成功している.グローバルCOE計画ではこうした成功を可能にした各種の施策(研究チームを中心とする教育,英語での授業と国際研究誌への投稿支援,優秀な若手のPD・RA雇用,競争的研究資源配分など)を強化すると共に,海外研究拠点での研究実施のための若手研究者の派遣,海外研究拠点との合同セミナー・ワークショップの開催,及び海外拠点からの一流及び若手研究員の招聘を通して,若手研究者による国際的研究発信能力を一層強化する.同時に若手研究者の海外の研究機関への就職を促進する.
3)先鋭かつ集中的研究プログラム
21世紀COEが国際的インパクトをもつ教育研究成果を生み出した最大の理由は,戦略的に重要な研究テーマに資源を集中投入しつつ,"正統的周辺参加"と呼ばれる認知科学の教育理念を基盤に,若手の育成を研究実践に組み込む形でプログラムを展開した点にある.グローバルCOEにおいてもこの理念を継承し発展させる.この目的のため,21世紀COEで大きな成果が得られたテーマ,及び今後の発展が期待されるテーマを中心にプログラムを再構築し,心の社会性に関する3つの側面での研究(社会行動の適応的基盤,感情の進化・生態学的基盤と現代社会での発現,文化の制度的基盤と自己維持的信念体系のゲーム論的分析)を通じた高度の実践的教育を展開する.
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