研究テーマ

当グループの研究テーマは、社会環境と人間心理の相互影響関係の解明です。「超社会的動物」とも呼ばれる私たち人間は、複雑かつ大規模な集団や社会を作り、巧みに利用しながら、この過酷な自然環境の中を生き抜いてきました。では、人間の集団や社会の特徴は、そこで暮らす私たちの行動や心の特徴とどのように関連しているのでしょうか。

こうした発想に基づき、私たちは主に心理学や人類学の手法で収集したデータを用いて、

  1. 異なる性質を持つ社会の下でどのように異なる心が生まれるのか
  2. 「人と人とをつなぐ道具としての心」とはどのようなものか
  3. 人間は、集団や社会などを通じてどのように互いに関係し合っているのか

といった問に答えるための研究を行っています。

具体的な研究プロジェクトについては、以下をご覧下さい。

1.関係流動性-対人関係と集団の「選択の自由度」が人の心理と行動に与える影響

対人関係や集団を含む社会関係の開放性・流動性が人間行動と心理に及ぼす影響は、人間科学・社会科学諸領域における古くからのテーマの一つです (例えば、Barclay, 2016; Henrich et al., 2005; Tönnies, 1887; 山岸, 1998)。私たちは、その特に「対人関係や集団の選択の自由度」という側面に注目し、関係流動性(relational mobility)と名付けました (Yuki & Schug, 2012)。そして実証データを用いて、関係流動性が人々の心と行動に及ぼす影響を検討してきました。

関係流動性は国や地域などによって異なります。例えば大都市や北米諸国に代表される関係流動性の高い社会では、見知らぬ人や集団との出会いの機会が多く、その中から誰と付き合うのか・どの集団に所属するのかを比較的自由に選択することができます。また、相手や集団に満足できない場合には、他の相手や集団に乗り換えることが比較的容易です。

一方、伝統的な村落社会や東アジア・西アフリカ諸国等に代表される関係流動性の低い社会では、対人関係や集団は比較的固定的かつ閉鎖的であり、付き合う相手や集団を自由に選んだり乗り換えたりすることが比較的困難です。(日本の伝統的な終身雇用制度や戸籍制度や部活動のシステム、インドのお見合い制度などが典型例です。)

(注)関係流動性の差異は、いわゆる「国」や「民族」の間のみで見られるのではありません。例えば、同じ国内の地域間(都市 vs. 村落)や、異なる状況(例えば、対面 vs. インターネット)、また歴史上の異なる時点などでも異なります(この点に注目した研究例として, Yuki, Sato, Takemura, & Oishi, 2013; Sato & Yuki, 2014) 。

私たちのプロジェクトの目的は、関係流動性の高い社会環境と低い社会環境の間で人々の心理と行動がどのように異なるかについて、その原因と法則を見いだすこと、またそうした法則から逸脱する場合があるとすれば何故なのかという原因を突き止めることです。

人の心理と行動への影響

関係流動性の違いは、そこに暮らす人々の心と行動に様々な影響を与えます。

まず、低関係流動性社会では、対人関係や集団を自由意志によって変更すること(離脱や新規加入)が比較的困難です。そこでは、同じ対人関係が好むと好まざるとにかかわらず長期間持続したり、一旦所属してしまった集団には不満があっても所属し続けなければならない状況がしばしば生じます。そうした状況下で重要なこと、すなわち個々人に課された「適応課題」は、周囲の人々と諍いを起こすことなく、対人関係を調和的に保つことです (Yamagishi, Hashimoto, & Schug, 2008)。さもなければ、望ましくない関係性の中で生き続けなければならなくなります。

実際、実証研究の結果、低関係流動性環境下にいる人々は、高関係流動性環境下の人々と比べて…

ことが見いだされています。これらの傾向は、いずれも(深刻すぎない程度であれば)社会的な諍いの回避や対人関係の調和の維持に役立つと考えられます。

一方、高関係流動的な社会環境下では、対人関係の獲得と維持は、個人の自由意志と選択に任されています。しかしここで重要なのは、個人の選択が実際の対人関係の獲得と維持に至るためには、相手に自分を受け入れてもらわなければならないという難しい条件があることです。望ましい相手に逃げられたり、他のライバルに奪われたりしないためには、様々な方法を通じて相手に自分の価値や有用性を理解してもらう必要があります (Kito, Yuki, & Thomson, 2017)。

実際、実証研究の結果、高関係流動性環境の人々は、低関係流動性環境の人々と比べて、次のような傾向があることが見いだされています。例えば、

これらはいずれも、関係を形成・維持したい相手に対して自らの価値や有用性を積極的にアピールする際に役立つ、いわば人と人をつなぐ心の働きの表れであると考えられます。

以上のような研究を通じて、私たちは、社会環境の特性と人間の心理・行動との関連に関する法則性を明らかにしていきたいと考えています。

2.集団主義の「質的文化差」

近年の実証研究は、従来「個人主義者」と呼ばれてきた北米人が、「集団主義者」であるはずの東アジア人と比べても、所属集団に対して強い愛着や誇りを感じ、また集団活動に積極的に参加していることを明らかにしています。しかし実は、北米人の集団に対する関わり方は、東アジア人の集団に対する関わり方とは、質的に異なるものなのです。東アジア人は内集団(自らの所属集団)をメンバー間の対人関係のネットワークと見なし、集団内の調和維持を重視するのに 対し、北米人は内集団を等質的な実体と見なし、外集団と比較して相対的に高い地位を獲得するよう動機づけられています。

この仮説を、国際比較調査や実験を通じて実証的に検証しています。

  • 論文・著書:Yuki (2003), Yuki, Maddux, Brewer, & Takemura (2005), Brewer & Yuki (2007), 結城 (2005)、Takemura, Yuki, & Ohtsubo (2010), Yuki (2011), Yuki & Takemura (2013), Kavanagh & Yuki (2017)
  • 共同研究者:Marilynn Brewer (Ohio State University/University of South Wales), William Maddux (INSEAD), 竹村幸祐(京都大学)、大坪庸介(神戸大学)

過去の研究プロジェクト

3.表情知覚原理の文化差

他者が持つ感情を相手の表情に基づいて予測しようとするとき、日本人とアメリカ人は、顔のどの部分に着目するでしょうか。 日本人は相手の目の形を、アメリカ人は相手の口の形を重視して判断するとの新たな仮説を提出し、比較文化実験を通じてそれを支持する結果を得ました。

4.内集団ひいきと差別を生み出すプロセスの多重性

一口に「差別」と言っても、その原因は様々です。差別を引き起こす原因のシステマティックな差異について、性差や集団の性質の違いなどに着目しつつ、進化/適応論の観点からアプローチしました。

  • 論文:横田・結城(2009)、Yuki & Yokota (2009)、横田・結城 (2006)
  • 共同研究者:横田晋大(広島修道大学)

5.波紋効果 (the ripple effect)

行為の影響が及ぶ範囲に関する信念の文化差: 自分がした行為、例えばあなたが誰かを助けたことや誰かを傷つけたこと、の影響は、どのくらい広い社会に影響を与えると思いますか?この「影響の広さについての信念」に関する国際比較研究を行い、日本人やアジア系アメリカ人の方が、ヨーロッパ系アメリカ人よりも、より広い社会への影響を考えていることを見いだしました。

  • 論文:Maddux & Yuki (2006)
  • 共同研究者:William W. Maddux, Ivy Lau, CY Chiu, Ying-Yi Hong, 釜屋健吾