題目: 資源分配の原理選択と分配的正義:ロールズ『正義論』の実験的研究

氏名: 川上悦央

担当教員: 亀田達也


本研究は、分配的正義論に多大な影響を与えたRawlsの規範的理論について、実験室実験を用いて実証的検証を行うことを目的とした。

正義論は、各時代・各社会においてあるべき政治・経済体制に関する人々の現実的関心と連動して展開されてきた(井上, 1986)。その中でも、Rawlsの主著『正義論(1971)』において展開された規範的理論は、法哲学・規範的倫理学の領域を越え、経済学をはじめとする社会科学一般にまで影響を及ぼした(川本, 1997)。Rawlsの主張は、自分の特殊利害に関する個別的事実を一切知らされず、一般的情報のみを持つという「無知のヴェール」を想定し、その下ではマキシミン・ルールに従うことが合理的であり、その結果、基本的自由の平等や機会均等原理などの「正義の二原理」が導出されるというものである。 分配的正義の問題を規範的な側面から検討した議論は、Rawlsをはじめとして数多くなされているが、分配的正義の問題を経験的・実証的に検討した議論は数少なく、また、Rawlsの規範的理論を人々の行動基盤から検証しようとする試みはほとんどなされてこなかった(Frohlich & Oppenheimer, 1990)。

本研究では、「無知のヴェールに覆われている状況」を「意思決定における不確実状況」と再定義し、報酬分配の意思決定場面を実験室に設定した。また、Rawlsの正義の二原理のうち、分配的正義論の核心である「最も不遇な立場にある人の利益を最大にすること」という「格差原理」に着目した。以上より、仮説「無知のヴェールあり条件において、平等分配原理が選択される」を立て、検証を行った。

その結果、実験条件間で分配原理選択に有意な差は見られず、仮説は支持されなかった。また、分配原理選択と事後質問紙で測定した心理特性との関連を探索的に検討したところ、無知のヴェールあり条件では、第三者の立場から見た時の分配公正の選好と、実験での分配原理選択が一貫していた。一方で、無知のヴェールなし条件では第三者の立場から見た分配公正の選好と、実験での分配原理選択との間には一貫性が見られなかった。この結果はすなわち、無知のヴェールあり条件のように将来の利得に関して不確実な状況に置かれると、公平な視点(第三者の視点)から見た分配公正感と一貫した分配原理選択がされやすくなることを示唆している。


卒業論文題目一覧