題目: 他者感情の推測が表情模倣に与える影響

氏名: 鈴木美和子

担当教員: 亀田達也


 本研究の目的は、人は他者の感情状態を、表情模倣—心的状態と概念的に独立に、他者が表出した表情に他の個体の表情が一致する現象(田村・亀田, 2006)—を通じて理解しているのかどうかを検証することにある。近年、人は他者の感情を自分自身の身体上でシミュレートして理解するのである(Niedenthal, 2007)という理論が検討されており、齋藤(2007, 2008)は、表情表出を行っている人物の感情状態を推測させることによって表情模倣が起こりやすくなることを報告している。しかしこの報告は表情模倣と他者感情推測の関係を議論するには不十分であるため、本研究では、齋藤(2007, 2008)を改良する形で、他者感情の推測をする場合としない場合との間での表情模倣生起の比較、及び表情模倣が生起した場合としなかった場合との間での他者感情推測の正確さの比較を行った。仮説は、「表情模倣は他者感情の推測を行う場合にのみ生起し、表情模倣をすることによって他者感情を正確に推測できるようになる」であった。

 実験では、参加者に「怒り」「嫌悪」「恐怖」「喜び」「悲しみ」「驚き」の6感情表情を動画で呈示し、表情模倣の生起をFACSに準ずる方法によって測定した。FACSとは、解剖学に基づきAction Unit (AU)ごとに目に見える顔面筋の動きをコーディングする手法である。また、毎回の動画呈示前に表情表出人物の感情状態を尋ねる条件(情動的質問条件)と、性別や年齢など感情とは無関係の事柄を尋ねる条件(認知的質問条件)を参加者間で設定し、動画呈示後に選択式で質問に回答させた。実験の結果、「怒り」「喜び」「悲しみ」「驚き」感情に対して表情模倣が生起し、このうち「怒り」「喜び」「悲しみ」感情については情動的質問条件の方が有意に多く表情模倣の生起が確認された。これは、表情模倣と他者感情推測の関連性を示唆する結果である。また、表情模倣生起の有無と他者感情推測の正確さの間に有意な関連は見られなかった。しかしこのことに関しては、ほとんどの試行において参加者の感情推測が正確であったために、本来存在するはずの差を検出できなかった可能性がある。以上の結果より、表情模倣は他者感情の推測を行う場合にのみ生起するという仮説は部分的に支持され、表情模倣をすることによって他者感情を正確に推測できるようになるという仮説は支持されなかった。


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