題目: 関係流動性が自尊心と幸福感の関係に与える影響: プライミング法による検討

氏名: 吉田春奈

担当教員: 結城雅樹


自尊心と幸福感の関連の強さには「文化差」が見られるという。北米では自尊心が幸福感を規定する程度が強いが、日本を含む東アジアではそれほど強くなく、むしろ身近な他者から受ける情緒的サポートも重要である (e.g. Uchida, Kitayama, Mesquita, & Reyes, 2002)。本研究の目的は、この幸福感規定因の「文化差」を、関係流動性の視点から再解釈することであった。

関係流動性とは、機会コストの高さに応じ、人々がよりよい相手を求めて新しい関係を形成する頻度を表す。流動性が高い社会では、新しい関係を作る機会が多く、流動性が低い社会では、既存の関係にとどまる傾向がある。関係流動性は日米間で異なると考えられる。

他者と親密な関係を持とうとすることは人間の基本的な欲求であり、他者に受け容れられることが幸福感につながるはずである。自尊心が幸福感につながるのは、自尊心が他者からの受容の程度を予測するから(Leary & Baumeister, 2000) である。特に、自尊心が一般化された評価である点に注目すると、既存の個別の関係よりは、将来にわたる一般的な対人関係において受容される期待を示すと考えられる。このような自尊心の働きが必要になるのはアメリカなどの関係流動性が高い社会であろう。一方、日本など関係流動性が低い社会では、現在情緒的なサポートを身近な他者から受けていることが直接幸福感につながるだろう。

よって、次の仮説が導かれる。すなわち、自尊心が幸福感を強く規定するのは関係流動性が高い社会であり、情緒的サポートが幸福感を強く規定するのは、関係流動性が低い社会であろう。

以上の仮説を検討するため、関係流動性の高低をプライム操作することにより、幸福感を規定する要因が変化するか否かを検証した。プライミングでは、参加者自身の経験の中から、関係流動性の高い状況または低い状況について考える課題を行い、その後に質問紙に回答した。

実験の結果、予測は支持されず、関係流動性プライムの高低条件による、幸福感規定因のパタンの差はみられなかった。問題点としては、プライムの効果が弱かったことや実験室の状況の影響などが考えられる。今回は流動性の認知の操作を試みたのだが、見知らぬ人同士が集められたことで、実験室にいるだけで流動性が高い状況を認知した可能性がある。今後の実験ではそれらの点を改善し、仮説を十分に検討できるようにする必要があろう。


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