題目:  "選好"の文化差に対する実証的研究

氏名:  橋本博文

担当教員:  山岸俊男


本研究の目的は、Kim & Markus (1999)におけるペン選択実験の結果—5本のペン(1本だけ違った色で残り4本は同じ色)のうち1本を選ぶ場合、アメリカ人は少数派のペンを選択しやすく、東洋人は多数派のペンを選択しやすいことを示す結果—をアメリカ人と東洋人それぞれに内面化された“選好”の反映であると解釈するよりも、東洋人の適応的な“デフォルト方略”の反映であると解釈する方がより妥当であることを示すことにある。本研究は、東洋人がペン選択状況を「他の人が自分の選択をどう思うかを気にするべき」状況としてデフォルトで定義しやすく、少数派のペンを選択することにより他の人から否定的な評価を受けることを回避するデフォルト方略を採用していることを実証し、東洋人に見られる多数派選択行動のメカニズムを明らかにする。

研究1では日本人558名を対象にペン選択実験を行い、彼女らの実験結果を再現した。さらに、ペン選択実験に先立って行った社会心理学実験によるペン選択への影響を調べると、先行実験において自分の行動が他の人から評価されることを経験した参加者はそうした経験をしていない参加者に比べ、より多数派のペンを選択する傾向が見られた。このことは他の人からの評価を受けることと多数派のペンを選択することの関係性を示唆している。また、研究2では日本人55名とアメリカ人49名を対象に場面想定法を用いた質問紙調査を行い、ペン選択状況における行動と信念を測定した。その結果、ペン選択状況を特定しない場合には彼女らの実験結果に示されるペン選択の文化差が再現されるが、ペンを5人のうち最初に選択する状況であると特定された場合には、アメリカ人も日本人と同様に多数派のペンを選択すること、そしてペンを5人のうち最後に選択する状況であると特定された場合には、日本人もアメリカ人と同様に少数派のペンを選択することが示された。このことは状況が特定されていない場合、日本人はペン選択状況をデフォルトで5人のうち最初に選択する状況(後から選択する人の反応を気にするべき状況)として定義している一方、アメリカ人はペン選択状況をデフォルトで5人のうち最後に選択する状況(他の人の反応を気にする必要がない状況)として定義していることを示唆しており、Kim & Markus (1999)の実験結果をデフォルトの状況定義の文化差、すなわちデフォルト方略の反映として解釈することの妥当性を示している。


卒業論文題目一覧