題目: 他者の恐怖は伝染するのか〜認知及び生理学的指標を用いた実験的検討〜

氏名: 宮坂 正太郎

担当教員: 亀田 達也


 本研究は、恐怖感情に焦点を当て感情伝染の実証を試みたものである。感情の伝染は日常的経験から存在するように考えられる。実際にこの心理的現象が存在するならば、人間がいかなる問題に対応してきたのか、人間の持つ社会性とは何なのだろうかといった大きなテーマの一翼を担う興味深いものだ。しかしながら、現在のところ特定感情の伝染が学問的に実証されたとは言い難い。先行研究はポジティブ・ネガティブの気分レベルでの伝染の確認や伝染と思われる現象を臨床的に記述したに留まっている。まず、特定の感情が伝染することを示すことで今後の研究に繋げることを狙ったのが本研究である。

 実験はディスプレイで「他者の恐怖表情を提示(プライミング)」し、続いて感情の生起を課題により確認するという2つの過程を通し、恐怖表情を提示した参加者に恐怖感情が伝染したことを確認するデザインとした。用いた課題は、probe detection task。感情が生起している場合には、その感情に関係する刺激を選択的に注視するとの知見を生かし、恐怖表情を提示された実験参加者が恐怖に関係する画像に選択的注意が向けていることを確認し恐怖感情の生起を捉えようとするものである。また、課題と平行して表情筋の筋電位(Facial EMG)を測定した。これは、感情の伝染と密接に関係すると考えられる表情の転移が課題と連動して起きるかを確認することで、生理学的なデータからも感情の伝染が起きていることを示す試みである。なお、各実験参加者の心理的特性や心理状態を把握するための事後質問も行った。

 実験では、他者の恐怖表情を提示した場合に他者の恐怖に対して選択的注意を向ける傾向が観察された。一方で、悲しみと嫌悪という他の感情に対しては特に注意を向ける、見ることを避けるといった目立った行動は観察されなかった。他者の恐怖表情は参加者の恐怖感情を生起させたと考えられる現象が実験で見られたことで、本実験の目的である恐怖感情の伝染が確認できたと言える。また、悲しみを提示した場合に脅威を示す画像を忌避する傾向が見られるなどの想定していなかった結果も示された。これは今後の研究で追試などを行なわなくては検討できない問題だが、感情が生起している場合、単にその感情に関連する刺激を注目するに留まらず他の感情に対しても中止や忌避など特定の反応をする傾向が存在する可能性も考えられ興味深い。


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