題目: 遅延および不確実性が金銭の主観的価値に及ぼす効果

氏名: 北村 望

担当教員: 亀田 達也


 「10年後の10万円獲得」と「11年後の12万円獲得」との選択で、後者を選んだ人が、どんなに選択時期が近づいてきても、後者を選ぶはずであると経済学では仮定してきた (指数型割引)。しかし、先行研究により、選択時期が近づいてくると、前者を選択するようになる (選好の逆転) ことが知られている (双曲型割引)。このような、遅延による報酬・損失の主観的価値の割引や不確実性 (遅延と同様の影響を主観的価値に与えるとされてきた) による割引は、衝動的な行動(あまりよく考えずにとる危険な行動、例:ギャンブル依存、非合法な手段による金銭の獲得)や年金計画・貯蓄行動とも関連していると考えられている。衝動的行動の心理プロセスを解明することは心理学のみならず、精神医学や経済学の観点からも重要である。

 本研究の目的は以下の2点であった。①上述のように、遅延報酬や不確実な報酬の価値の割引方が「双曲型」の関数によって表されるかどうかを検討する (実験Ⅰ)。②遅延や不確実性による、報酬・損失の価値割引と衝動性との関係を調べる (実験Ⅱ)。

 遅延や不確実性存在下での結果 (報酬・損失) の主観的価値を調べるために、実験参加者にとって、各条件下での結果と等価値な (現在の確実な) 金額を調べた。また、Barratt Impulsivity Scale (BIS; Barratt, 1985) などの質問紙尺度で衝動性を測定した (実験Ⅱ)。ただし、実験Ⅰでは報酬の価値割引のみを調べた。

 実験Ⅰの結果、先行研究と同様、遅延や不確実性による結果の価値割引は指数型より双曲型に近かった。すなわち、時間の経過によって選好の逆転が起こることから、従来の経済学における合理的人間の仮定に誤りがあり、その仮定を再考した上で経済理論や政策を打ち出していく必要性が示唆される。実験Ⅱの結果、BISなどで測った衝動性と遅延による報酬・損失の価値割引には、正の相関が見られた。また、不確実性による報酬の価値割引との間には負の相関が見られ、不確実性による損失の価値割引との間には統計的に有意ではないが、正の関係が伺えた。この結果から、BISなどの衝動性が高い人は、遅延による報酬・損失の割引が大きく、不確実性による報酬の割引は小さいといえる。

 本研究では、これらの結果をもとに各分野の研究の整理・統合を行い、実社会における衝動的行動の心理プロセスを予測できる可能性を示した。


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