題目: 他者との相互依存関係がもたらす包括的認知の活性化

氏名: 古谷 大典

担当教員: 山岸 俊男


 近年の文化心理学の諸研究は、東アジアにおける包括的認知の優位性と、欧米における分析的認知の優位性を発見した。Nisbett(2003)は、生態環境、社会構造、形而上学的認識に渡る様々な事象の因果的連鎖が東西で各々に育まれ、それぞれが特定の認知様式を生んだとしている。

 これに対し本研究では、東アジアで普遍的な包括的認知傾向について、その原因を、個人の社会的存続にとって、所属する集団から排除されないようにすることが極めて重要な社会環境に求める。東アジア社会のように内集団ひいきが強い社会では、所属集団の外部によりよい社会的交換の機会が存在する可能性が少ないため、所属集団内に留まり、そこから排除されないようにする方が得をする。内集団では、他者の自分に対する期待に背かないように気をつけ、集団構成員の人間関係を把握するなどの対人的認知・思考活動を行う必要があるが、この際には認知の直接の対象とする人物のみならず、その周囲の人物等の存在を踏まえることが肝要である。このような認知活動が日常生活において繰り返し行われることにより習慣化した結果が、包括的認知であると考えられる。

 この推論の是非を問う実験を94人の参加者を用いて実施した。実験ではまず、3人の参加者を1つのグループとして、自身の得る報酬の増減が他者の動向により決まり、同時に他者の得る報酬の増減が自らの動向により決まるという相互依存的状況が存在する課題を経験させた。この課題において参加者が報酬を得るためには、他の2人の行動からその意図を汲み取り、自らの行動をそれに同調させることが必要となる。そしてこの後にペン選択課題・心理尺度・帰属判断課題・線と枠課題・表情判断課題を実施・測定することで、参加者の認知傾向がより包括的になるかどうかを確かめた。

 その結果、課題を経験すること自体の効果はほとんど見られなかったが、課題を経験した参加者の中でも、自分だけが同調に失敗したために、グループ全員が報酬を得られなかったという経験がより多い参加者は、少ない参加者に比べ、線と枠課題を除く認知課題で、部分的にではあるが包括的傾向を強めることが確認された。本研究は、認知の文化差の原因を事後的な解釈により帰納的に推論してきた先行研究と異なり、その要因として想定される特定の要素を操作することで命題の是非を確かめるというアプローチをとっており、この点で意義深い。


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