題目: 社会的ストレスが社会的記憶に与える影響

氏名: 石川美帆

担当教官: 亀田達也


 ホメオスタシスを大きく攪乱するような要因に遭遇すると、体内でストレスホルモン濃度が上昇し、様々な生理的変化が起きる。その影響は認知機能にもおよび、ストレスと記憶の間には深い関係があることが知られている。これは、海馬が記憶を司り、海馬神経細胞にはストレスホルモン受容体が多く存在するためであろう。しかし過去の研究の多くは、動物においてもヒトにおいても、空間記憶や言語記憶などの非社会的記憶に焦点を当てていた。ヒトにおけるストレスホルモン濃度の上昇が社会的記憶に与える影響は、これまでほとんど研究されていない。ヒトを含む動物は、他個体と相互作用し、場合によっては評定されるという状況で、ストレスホルモン濃度が上昇することが知られている。社会的状況では言語記憶や空間記憶に加え、個人の認識などの社会的な記憶が必要とされる。そこで本研究では、社会的ストレスが社会的記憶に及ぼす影響を調べた。

 30人の被験者に対して社会的記憶(顔と名前の一致)課題を課した。被験者のうちの20人を社会的記憶課題前に社会的ストレスを与えるストレス条件とし、社会的ストレスを与える前後にはコルチゾール濃度測定のため唾液を採取した。残りの10人は、社会的ストレスを与えないコントロール条件とし、社会的記憶課題の前に唾液を採取した。神経内分泌反応には個人差があるため、ストレス条件の被験者をコルチゾール濃度が上昇した反応者と上昇しなかった無反応者に事後的に分けた。さらに、ストレスホルモンはその濃度によって活性化される受容体の種類が変化するため、反応者をコルチゾール濃度の上昇の度合いによって高反応者と低反応者に分けた。

 対応のない等分散を仮定しないt検定を用いてコントロール条件と高反応者の社会的記憶課題正答率を検討した結果、高反応者が統計的に有意に低かった。さらに、反応者についてコルチゾール濃度上昇量と社会的記憶課題正答率に関してピアソンの相関分析を行った結果、統計的に有意な負の相関が見られた。これらの結果は、社会的ストレスによるコルチゾール濃度の上昇が、社会的記憶を急性的に低下させることを示唆している。

 社会的ストレス反応の個人差は、社会的行動の個人差として現れる可能性があるため、社会的な行動を変化させる社会的認知に関係すると思われる様々な神経内分泌基盤を調べることは重要であろう。


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