題目: 集団における、警戒行動の転移現象

氏名: 田中裕美

担当教官: 亀田達也


 警戒行動と不安感情は、一見レベルが異なるが、どちらも不確実な危機的状況で危険に対する準備状態を形成する反応である、という共通点がある。では、個体が警戒行動を起こすとき、その個体内では不安感情が同時に喚起されているのだろうか。また、警戒行動が個体間で転移するときには、その個体間で同時に不安感情の伝染が生じるのだろうか。以上の仮説を実験により検証することが本研究の目的である。

 実験は6人グループで行い、参加者が警戒行動や不安感情を喚起させるような状況を設定する。参加者は、計算問題への解答で報酬を得ると同時に、コンピューター画面上に現れるライオンから逃げ遅れて報酬が減額される危険を伴う。危険を回避するには、計算を中断し、自分から警戒行動に移る(1次発火)・他人が警戒しているのを見て自分も警戒行動に移る(2次発火)といういずれかの方法で警戒行動へ移行する必要がある。

 実験における行動パターンと、感情に関する事後質問紙項目への回答の関連を調べるため、1次発火率が中央値以上か未満かで全参加者を高1次発火者・低1次発火者の2グループに分け、分散分析を行った。その結果、実験中ライオンの出現に対してドキドキや焦りを感じたか、という質問項目で高1次発火者>低1次発火者の有意差がみられ、自分から警戒行動を起こしやすい者は感情面でも強い反応を示している事がわかった。続いて、同様の方法で参加者を高2次発火者・低2次発火者に分類し、分散分析を行った。結果、情動的共感性尺度の「感情的冷淡さ」「感情的被影響性」で有意差がみられ、他人を見て警戒しやすい者はそうでない者よりも他人の感情に共感しやすいと自覚していることが示された。以上のことから、実験参加者の主観的な自己判断というレベルにおいては、本研究の仮説を支持する結果を得られたと考えられる。

 本研究で明らかになった、警戒行動の発動には不安感情の喚起がともなう、というメカニズムは何のために存在するのだろうか。適応論的観点から考えると、行動や感情が単独で働くよりも危険に対して素早く的確な対応ができ、個体の生き残りに寄与するという点にその存在意義があるといえる。行動と感情の伝染もまた、自分では察知できない危険への対処を可能にし、個体の適応価を更に高めていることから、適応論的な意味を持つ重要なメカニズムであると考えることができる。


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