題目: 社会構造と公正感

氏名: 田鍬 敦志

担当教官: 高橋伸幸


 人は自分自身の立場を判断する際、自分と他人を比較することで判断の基準を得ている。例えば自分の給料の妥当性を判断するとき、他者がどれくらいの給料を得ているかについて知る必要がある。それでは、どのような人との比較を人々は望むのだろうか。また、選択可能な比較対象は社会のネットワーク構造によって決定されているとすると、社会によって用いられやすい比較対象は異なるのだろうか。本研究ではこのようなトピックを扱う。

 本研究ではネットワーク構造の異なる二種類の社会を想定した進化シミュレーションを用い、適応的な行動の違いを観察した。シミュレーションでは生産者と買い手という二種類の行為者を仮定する。両者は取引関係にあり、現実社会に存在するような所得格差がある。本研究では、買い手に比べて相対的に弱い立場にある生産者に焦点を当てる。

 生産者にとって所得格差は解消すべきものであり、格差の解消は自分の利益につながるため格差を解消することは適応的な行動となる。格差が大きいほど各生産者はそれを是正しようとする。その時、格差の程度の判断材料として用いるのが比較である。比較は局所比較と準拠比較とに二分される。前者は自分と直接取引している相手、つまり買い手との比較である。後者は自分と同じような弱い立場にある人物、つまり他の生産者との比較である。準拠比較もまた集団内準拠比較と集団間準拠比較とに二分される。前者は自集団内、後者は自集団外の生産者との比較である。

 シミュレーションで想定した二つの社会は、局所比較とともに集団内準拠比較が可能な社会と、局所比較とともに集団間準拠比較が可能な社会である。前者は準拠比較として集団間準拠比較が不可能な社会、後者は可能な社会ということができる。

 シミュレーションの結果、集団間準拠比較が可能な社会の方が不可能な社会より格差是正行動の現れる頻度が少なかった。つまり、客観的格差が同程度でもそれを是正すべきだと判断するかどうかに二種類の社会で違いが生じた。集団間準拠比較が可能な社会をアメリカ型社会、不可能な社会を日本型社会と仮定すると、シミュレーションの結果は「アメリカ人の方が日本人よりフェアかどうかにうるさいにもかかわらず、アメリカの方が日本より格差が大きい社会である」という、直感的には矛盾しているように見える一般的事実と一致する。このような差異は、それぞれの社会におけるネットワーク構造の違いから生じることが本研究から示唆される。


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