題目: 生理的反応からみた『感情伝染』

氏名: 近江久美子

担当教官: 亀田達也


 他者の感情に影響されて、自分も同じような感情を抱いてしまう現象がある。このような、感情があたかも伝染するような現象が、実在するものなのかどうか調べるのが本研究の目的である。並行して行われた実験において、他者の警戒行動に気付くと自らも警戒行動に移るという、警戒行動の転移とも呼べる現象が見られた。今回はそれを踏まえて、警戒行動と関係の深い不安などネガティブな感情に焦点を当てることとした。しかし、実際に感情の変化を測定するのは困難である。そこで、心の動きと深く関連しているといわれる生理的反応の一つ、皮膚コンダクタンス反応(skin conductance response,SCR)を指標として用いることにした。

 本研究での実験の被験者は全員が先の警戒行動の実験を受け、その結果によって群に分けられていた。その群とは、警戒行動が転移しやすい被験者(高発火群)としにくい被験者(低発火群)である。実験では、不安や喜びといった感情をあらわす表情をした人物の画像や風景など様々な画像を見てもらい、その間、SCRの値の変化を測った。「感情伝染尺度」(Source Doherty et.al.,1993)などの、感情に関する質問から成る事後質問紙にも回答してもらった。

 マン・ホイットニー検定を用いて高発火群と低発火群の差異を検討した結果、個人の「悲しみ」の表情の画像で10パーセント水準の傾向差が出た。高発火群、つまり他者に影響されて警戒行動が転移しやすい人は、より他者の感情に影響されやすいこということが確認されたことになる。性別で同様の検定を行なったところ、どの刺激においても有意差は認められなかった。事後質問紙についても、不安に関する質問において有意差や傾向差が見られた。これらの結果から、感情の伝染が起こりうることが確認できたといえよう。

 では、感情伝染にはどのような意味があるのだろうか。多くの先行研究によって、感情が人間の的確な判断や生存に寄与してきたことが示されている。そういった生存戦略としての感情が移るとすれば、感情の伝染は他者の生存戦略を自らも利用できるという意義を持つのではないだろうか。他者の感情を自分に移して利用できれば、より生き残りやすくなる。感情伝染は、生存に有利になるためのメカニズムの一つと考えられる。


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