題目: 規範の維持と遵守に関する研究 —社会階層による差の検討—

氏名: 泉 千穂美

担当教官: 亀田達也


 本研究の目的は、社会階層によって規範の維持傾向に差があるかを検討することである。規範維持の問題はホッブス(1651)の時代から、利己的な個人がどのように自主的に規範を維持するかという秩序問題として論じられてきた。なぜなら、他者に規範を強制することを規範維持行動と考えると、そのような行動は、コスト(仕返しされる可能性など)が伴うため、個人にとっては規範を維持しない方が得になる。そして誰かによって規範が維持されれば、その状況は規範を維持しない人にも享受されるからである(2次の社会的ジレンマ 問題。e.g., Yamagishi, 1986)。しかし、現実には集団によっては規範が維持されている場合がある。本研究では、その理由の1つとして社会階層を考える。比較的高い社会階層では、共同体に依存する程度は低いと考えられる。そして規範を維持する外的制度が存在し、内発的動機付けが低下するため、規範の維持傾向はより低いのではないかと予測される。一方、低い社会階層では、共同体に依存する程度は高いと考えられる。そして、規範を維持する外的制度がそのコストのため存在せず、自主的な規範の維持が求められるため、規範の維持傾向はより高くなると予測される。つまり、規範の維持の重要性は社会環境によって異なり、階層によっては規範が維持されているのではないかと考えられる。

 調査は7つの大学(東京大学、北海道大学、福岡県立大学、東洋大学、奈良大学、北海学園大学、札幌国際大学)で行われた。1322名の回答が得られ、そのうち有効回答者1269名を分析に用いた。本研究では、5つの異なる状況で、規範から逸脱している人に対して、「どの程度怒りを感じるか」、「自分が損をしてもその人に罰を与えたいと思うか」などについて回答させ、規範の維持傾向を測定した。

 被験者をタイプ分けするクラスター分析を行ったところ、社会階層によって規範の維持傾向に予測と一致する差があることが示された。しかし、社会階層(本人の学歴・親の学歴・親の年収)による平均値レベルの明確な差は得られなかった。その理由として、まず今回のサンプルは全員4年制の大学生であり、そもそも社会階層の指標の1つである学歴が高く、それと連動する可能性が高い他の指標(親の年収など)もかなり高いことが考えられる。今後は、入試という篩いにかけられる前のサンプル(例えば、高校生など)を対象にした調査を行う必要がある。


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