題目: 集団間競争文脈が国家への感情に与える影響:W杯サッカー時と皇太子妃ご出産時の比較を通じて

氏名: 池田健一朗

担当教官: 結城雅樹


 2001年9月11日に起こったアメリカの同時多発テロ事件が示したように、外集団からの脅威に接した時、その国民が自分の国を強く意識し、愛国心やナショナリズムという国家への感情を掻き立てられるという現象は明らかな事実である。本研究では、外集団からの脅威と国家への感情に焦点を当て、両者がいかなる関係を持っているのかを理論的背景に基づいて予測し、質問紙を用いてその予測を検証することを目的とする。ここで扱う国家への感情とは、愛国心とナショナリズム(本研究では、排外主義などの一般的意味と区別するため、代わりに「自国優越性」という言葉を用いている。)である。

 まず、集団の捉え方に関して「自己カテゴリー化モデル」と「ネットワークモデル」という二つのモデルがある。前者では、人々は集団間関係に注目し、集団は弁別性のない個々により構成された一枚岩のように表象される。一方、後者では、人々は集団内関係に注目し、集団内の個々はネットワークで繋がった弁別的な存在として捉えられる。ここで、比較文化的視点から、自己カテゴリー化モデルは欧米に、ネットワークモデルは東アジアに、より当てはまるという主張がある(Yuki, 2002)。本研究では、この仮説を検証するため、外集団メンバーとの間に対人関係が想定できることによって、内外集団メンバーに対する信頼の差異が消滅するか否かを日米間で比較するための実験を行った。実験では、「外集団メンバーで、その外集団には知人がいる」という信頼のターゲット人物を設定し、内集団に対するものと同程度の信頼が生まれるか否かを調べた。

 本研究では、集団間競争文脈におけるこの2つの感情の変化を予測する理論として、社会的アイデンティティ理論/自己カテゴリー化理論と集団内相互依存性理論に注目している。様々な先行研究の結果から、SIT/SCTが記述する心理プロセスが機能するのは集団間競争が知覚される状況であり、集団間競争が知覚されない状況においては、IDTが前提とするような集団認知が見られることが示唆されている。本研究は、集団間競争のある状況では、集団間の関係に注目し、高レベルの内集団等質性を伴うSIT/SCT型の心理プロセス「集団間防衛モード」が、集団間競争のない状況では、集団内の関係性に注目し、内集団メンバーの知覚的弁別性を伴う心理プロセス「集団内協力モード」がそれぞれ代替的に機能するという立場に立っている。

 これらの理論から、集団間競争のある状況ではない状況と比べて、愛国心・自国優越性は高まること、さらに、集団認知に関しては、集団間競争のある状況では内集団等質性が高まり、集団間競争のない状況では集団内の関係性への注目が高まるという仮説を立て、質問紙調査を行った。皇太子妃ご出産時を集団間競争のない状況、W杯時と日朝問題発生時を集団間競争のある状況とする準実験を行ったところ、愛国心・自国優越性双方について、仮説を支持する結果は得られず、集団認知の変化についても仮説は支持されなかった。

 これらの結果は、集団間競争状況として設定した2条件が、日本人の中で外集団からの脅威を感じるような競争状況と定義されていなかったことに大きな原因があると考えられる。


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