戦争と平和とアイデンティティ 〜集団間文脈が内集団ひいきの生起プロセスに与える影響〜

 

横田 晋大

 

担当教官  結城 雅樹

 

 本研究の目的は、集団間葛藤状況が人々の内集団ひいき行動に与える影響を調べることである。そのため、実験研究において集団間文脈を操作し、人々の内集団ひいき行動を観測した。

 内集団ひいきという集団間行動は、社会的アイデンティティ/自己カテゴリー化理論(以下SIT/SCT)と相互依存性理論の2つの異なる立場からその原因が説明されている。SIT/SCTでは、脱個人化という現象から内集団ひいきが説明され、相互依存性理論では、双方向依存性の存在から説明されている。しかし本研究では、これら2つの理論における内集団ひいき行動の説明はどちらも間違ってはおらず、集団間文脈が葛藤状況であるか否かによって、どちらかの心理プロセスが採用されて内集団ひいき行動に至るという立場をとる。この立場は、Brewer(1998)の理論をその根拠とする。彼女は、集団間葛藤状況では、人々はその集団のカテゴリーで情報を処理し、葛藤が無い状況では、個人の独自性から情報を処理すると主張した。そして、前者では脱個人化した「集合的自己」が形成され、後者では「個人的自己」が形成されると言う。これより、集合的自己はSIT/SCTで記述する心理プロセスに、個人的自己は相互依存性理論で記述する心理プロセスに当てはまるだろう。つまり、集団間葛藤状況ではSIT/SCTに基づく内集団ひいきが行われ、集団間葛藤状況では無い状況では相互依存性理論に基づく内集団ひいきが行われるだろうと予測される。

 以上の予測から、最小条件集団実験において集団間文脈と双方向依存性を操作し、内集団ひいき行動を測定した。もし集団間葛藤状況でSIT/SCTの心理プロセスが採用されていれば、相互依存性理論の心理プロセスには必要である双方向依存性の有無に関わらず、自己=集団という知覚からの内集団ひいきが見られるはずである。実験結果は、集団間葛藤状況において双方向依存性がない時でも内集団ひいきが見られた。これは本研究の仮説を支持する結果であり、集団間文脈によって内集団ひいき行動に至る心理プロセスが異なる可能性を示唆するものであった。しかし、今回の実験では、葛藤が無い状況での内集団ひいきが双方向依存性に基づいていることは示されたが、葛藤状況においてのみ見られる内集団ひいき行動の動機が特定できなかった。今後の研究では、葛藤状況に特有の内集団ひいき行動の動機を明らかにしていくべきであろう。

 


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