社会的アイデンティティの規定因における文化と集団サイズの影響

 

国塚 綾

 

指導教官:結城 雅樹

 

 本研究の目的は、人々が自分の所属する集団に対して持つ社会的アイデンティティの規定因が、文化差や集団サイズによって異なるかどうかを探ることである。

 社会的アイデンティティに関しては、社会的アイデンティティ理論/自己カテゴリー化理論(以下よりSIT/SCTとする)の主張する内容が広く採用されてきた。これらの理論によると、人は自分と自分の所属する内集団を同一視し、その内集団を肯定的に評価することによって、自己概念の一部となる社会的アイデンティティを得るという。しかし、自己=集団と捉える現象が東アジア人には見られないことがいくつかの研究において示唆されている。また他のいくつかの研究では、東アジア人はむしろ集団内文脈に注意を払っていることがわかっている。これらの研究から、欧米人と東アジア人では人々の持つ集団表象の種類が違うという考えが主張され始めた。具体的には、欧米人は自己=集団と捉える自己カテゴリー化プロセスを経て、一方、東アジア人は集団を対人関係の網の目状のものが存在すると知覚するネットワークプロセスを経て、社会的アイデンティティが規定されていると予測される。また、規模の大きい内集団に対するアイデンティティが顕現すると、所属集団の特徴などといったカテゴリーを意識した自己記述を行うという過去の研究から、サイズの大きい集団では自己カテゴリー化プロセスを経て、一方サイズの小さい集団ではネットワークプロセスを経て、社会的アイデンティティが規定されると予測した。

 以上の予測から、日豪間で集団知覚に関する質問紙調査を行った。所属集団に対するアイデンティティや忠誠心を従属変数とし、集団成員との類似性や集団への評価、競争知覚などをSCTに関する独立変数、また、集団メンバー内の個人的つながりへの知覚をネットワークプロセスに関する独立変数として設定した。

 分析の結果、日豪共に集団メンバー内の個人的つながりへの知覚が強いほど、所属集団に対する社会的アイデンティティが強くなることがわかった。一方、日本においては、集団サイズの大小にかかわらず集団メンバー内の個人的つながりへの知覚が強いほど社会的アイデンティティが強くなったが、オーストラリアではサイズの大きい集団においてSCTに関する知覚が強くなるほど社会的アイデンティティが強くなるという結果が得られた。文化差や集団サイズの違いによって社会的アイデンティティを規定するプロセスが異なってくることが、これらの結果から示唆される。


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