題目:分配規範の成立

氏名:阿部貴之

指導教官:亀田達也助教授


 分配や交換は、人間社会の基盤を支える重要なシステムとして機能していることは、疑いのないことと思われるが、分配の発生に関してはあまり研究されていない。本研究では分配の発生的議論を試みた。

 研究の出発点となったKaplan & Hill (1985) では、狩猟採集環境では獲得の確実性が高い資源は獲得者の家族内で分配されるのに対して、確実性の低い不確実資源はより幅広くグループ全体に分配されていることが指摘されている。なぜ不確実資源は広範に分配されるのか。Kaplanらは、資源の不確実性がもたらす生存に関わるリスクを分散し低減するために分配が行われるというリスク分散説を唱えている。

しかし、この説は資源を他人から分配してもらうが自分は分配しようとしない者(フリーライダー)を考慮していない。フリーライダーが存在するなら分配は一方的な利他行為となり、合理的行動とは言えなくなる。そこでフリーライダー問題を考慮した別の説明が必要となる。

本研究では、狩猟採集環境での不確実資源の分配は「分配すべき」という分配規範があるためになされているとするのがふさわしいと考え、その規範の発生がどのようになされているかを、進化ゲームを用いて検討した。

狩猟採集社会をモデル化した環境で、獲得者であれば資源を分配し、非獲得者であれば資源の分配を要求する共同分配論者がその他の戦略者よりも優越するかどうかを確かめた。シミュレーションの結果、共同分配論者が優越し、分配規範の成立が確認された。

シミュレーションの結果が規範成立に関して示唆していることは、規範成立には、1)規範破りをする者を罰することが不可欠であり、2)規範を守らないものは常に規範を守ろうとしないことが必要条件であるかもしれない、という2点である。罰することにコストがかかるのであれば、論理的にはフリーライダーを排除することはできない。しかし、2番目の条件を仮定することでフリーライダー問題を解決することが可能であることが結果から示された。

また、分配規範の成立を進化心理学的視点で捉えるなら、かつての人類が狩猟採集環境で長く生活したという事実から現代の我々に不確実財は分配するという心理メカニズムが備わっている可能性があるという議論も可能である。

本研究を通して論理的に仮説を生産するツールとしての進化ゲームの有効性もまた示されたことを付け加えておきたい。


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