題目 協力と信頼:「虎の穴ジレンマ」を用いた実験研究

氏名 松田昌史

指導教官 山岸俊男 教授


 本研究では、信頼関係の形成過程に関して、虎の穴ジレンマを用いて実験研究を行った。虎の穴ジレンマは、囚人のジレンマ(以下、PD)から拡張されたものであり、従来の信頼感研究におけるPDパラダイムの問題点を克服しうるものであると考えられる。虎の穴ジレンマでは、プレイヤーはPDの利得構造を変更することができ、「潜在的な損失は大きくなるが、得られる利益も大きくなるPD状況」もしくは、「潜在的な利益が小さくなるが、損失も小さくなるPD状況」に自分の身を置くことができる。この選択は、相手への信頼感を強く反映しているものであり、これを用いることで信頼関係形成について知ることができると考えられる。

 信頼関係形成に関する先行研究では、通常の2者反復PDを用いた実験が多数行われてきた。PDで、相手へ協力行動をとるためには「相手は裏切ることはない」という、相手への信頼感が必要であると考えられるからである。しかし、PDで相互協力を達成するためには、必ずしも相手に対する信頼感は必要のないことが示されている。つまり、PDでは「応報戦略」のような戦略を用いることで、相手への信頼感とは関係なく、相互協力を達成できる可能性がある。このことから、PDは信頼感を調べるための適切なパラダイムではないと考えられる。そのため、本研究では、虎の穴ジレンマを用いた実験を行った。

 実験の結果、信頼関係の形成過程に関して、他者一般を信頼する程度の違いによる差は見られなかった。このことは、虎の穴ジレンマの先行研究と一致しない結果であったが、考えられる説明としては、被験者の目標が「共栄の達成」ではなく「共貧における損失の減少」になってしまったためであると考えられる。つまり、通常の2者PDでは、共貧状態の損失を減らし、利益を増やすために共栄状態を目指すようになると考えられる。しかし、虎の穴ジレンマ状況では、利得構造を変更できるため、共貧状態から抜け出すことなく損失を抑えることができる。そのため、PD状況における共栄達成への動機が希薄になってしまったものと考えられる。

 そこで、共栄が達成できた者とそうでない者に関して調べたところ、相手と共栄を形成できた者たちは、そうでない者たちに比べて、信頼関係を阻害するような行動(PDで非協力する、利得構造を上げない、等)をとる場合に、行動の反応時間が長いことが示された。このことから、相手との関係を維持するための情報処理プロセスに何らかの違いがあり、それが信頼関係の形成に寄与しているのではないかということが示唆された。


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