題目  投票行動に関する社会心理学的考察

氏名  平田智昭

指導教官:アラン・S・ミラー 助教授


 近年、日本では投票率の低下が深刻な問題となっている。そのため、「なぜ投票しないのか」という議論が尽きないが、その原因は明らかではない。そこで本研究が注目したのは、投票行動が社会的ジレンマに他ならないという点である。すなわち、個人にとっては、投票してもしなくても選挙結果にほとんど影響しないので「投票しない」ことが合理的であるが、社会全体にとっては皆が「投票する」ことが求められる。いったい、人々の投票行動を規定する要因として何が重要なのだろうか。合理的選択理論では、人々の投票行動は「投票に伴う利益」に依存するとされており、日本の場合、この「投票に伴う利益」には2つの要素があると考えられる。一つは、地域社会、労働組合、宗教団体等の投票動員に対して義理や責務を果たすことから得られる利益である(政治環境要因)。もう一つは、個人的な選好や関心に規定される利益、すなわち満足感である(心理的要因)。これらの要因が人々の投票行動を規定するものとして重要であるという観点に立ち、人々の投票行動のメカニズムを解明するために質問紙調査を行った。対象は層化無作為抽出法によって選ばれた札幌市在住の有権者270名である。

 分析の結果、人々の投票行動を直接的に規定するものとして「政治的義務感」、「政治的関心」が有力であることが明らかになった。具体的には、政治環境要因に関して、町内会・自治会・区会への参加程度が高い人ほど政治的義務感が強いために投票していることがわかった。これは、諸団体の投票動員に対する人々の「義理」の投票を反映していると言える。心理的要因に関しては、政治的関心の程度が高い人ほど投票に参加していることが示された。さらに、「政治的有効性感覚」、「経済への関心」、「政治的ディスカッション」、「年齢」、「政策重視の態度」といった要因は直接的には人々の投票行動を規定しないものの、それらが「政治的義務感」、「政治的関心」を左右しうるため、間接的に投票に影響を与えていることが明らかになった。

 以上の結果に基づけば、近年の日本における投票率低下の理由を次のように説明できる。人々の投票を規定する「政治的義務感」は恒常的投票者の政治的態度であるから、こういった態度が短期間に急変化するとは考えにくい。したがって、もう一つの規定因である「政治的関心」の低下が近年の投票率の低下をもたらしたと考えられる。


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