題目:「いい生活してますか?−自己評価時の認知的バイアスに関する探索的研究−」

氏名:田鎖 大輔

指導教官:山岸 俊男 教授


 1958(昭和33)年より毎年実施されている総理府の『国民生活に関する世論調査』の中に、「お宅の生活の程度は、世間一般から見て、この中ではどれに入ると思いますか」という質問があり、選択肢として「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」「わからない」を設定している。1995(平成7)年5月実施の報告調査によれば、9割近い人々が自分の生活程度を「中」と考えているという実態がよみとれる。1965(昭和40)年頃から顕著になったこの傾向は、それ以降も今日にいたるまで続いており、もはや完全に定着してしまった感がある。では、なぜこれほどまでに「中」グループが増大しているのだろうか。

 一言に「生活程度」の評価といってもその判断基準は単一のものではない。『年収』『生活のゆとり』『職業の社会的評価』『財産』『学歴』など多種多様な下位属性が評価基準として考えられうる。そして、各下位属性における自己評価を統合したうえで、自己の総合評価を行い、自己の帰属階層を判断すると考えられる。この下位属性の統合過程において、「中」グループの肥大化を招く何らかのバイアスが生じているのではないだろうか。そこで筆者は社会心理学的視点から、人々はどのように各下位属性の自己評価を統合するか、この統合モデルの究明を試みた。そのために10点満点での自己評価を主とする質問紙調査を2度にわたって行った。

 予備調査において、自己評価時における認知的バイアス「自己満足バイアス」の存在が示唆された。この「自己満足バイアス」は、以下の3つの仮定から成り立つものである。

(1)下位属性において、自己評価と重視度に正の相関がある。

(2)下位属性ごとの自己評価の統合モデルとして、単純平均モデルや最重視モデルではなく、加重平均モデルが用いられている。

(3)仮定(1)(2)より総合評価を6〜8点と見積もる人の割合が増加する。

また、本調査においても「自己満足バイアス」の存在を支持する結果が得られた。ただし、この「自己満足バイアス」は「現在の生活」「運動能力」「ひとのよさ」などの質問項目では見られたものの、「プロポーション」「健康状態」といった全体的調和が不可欠な質問項目においては起こらなかった。これらの概念は既存の社会学的説明を補う形で、「中」グループの肥大化を説明し得ると思われる。


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