題目: 内集団ひいき行動の適応的基盤〜進化シミュレーションによる検討〜

氏名: 小野田 竜一

担当教員: 高橋伸幸


内集団ひいき行動とは、内集団の成員に対して外集団の成員よりも好意的・協力的に振舞う行動のことである。これは社会において広く観察される重要な現象・行動とされ、数多くの研究が行われてきた。内集団ひいき行動の説明原理として、2つの理論仮説がある。1つ目は外集団と内集団に差をつけることが自己評価向上に繋がるという前提をおく社会的アイデンティティ理論仮説(e.g., Billing & Tajfel, 1973)で、2つ目は人々が集団内において一般交換を成立させていると主張する集団協力ヒューリスティック理論仮説(e.g., 神&山岸, 1997)である。一般交換とは、他者に対する資源提供が直接には返報されず、まわりまわって別の他者からの返報をもたらすという仕組みで交換がなされる社会的交換の一種である。実証研究では後者の理論が指示されているが、“そもそもなぜ人々は内集団ひいき行動を行うのか”という究極因の説明が可能となる適応的基盤に対して、理論的解答を見出せていないという問題点が存在する。そこで、本研究ではコンピュータ・シミュレーションによって、内集団ひいき行動の適応的基盤を明らかにする。

この問題を考えるにあたって、重要な先行研究として高木(1995)をあげる。高木は、各AgentがA集団とB集団の2集団に分かれた状態でgivingゲームに参加するシミュレーションを行い、内集団ひいき行動が進化する可能性があることを示している。givingゲームとは個人が見知らぬ他者に資源を与えるか否かを決めるゲームである。そこでは、各Agentはそれぞれ異なる選別基準を持ちそれにあった人を“資源を提供する人”の候補、すなわち“仲間”とし、その人たちに資源を提供する。高木は、3つのシミュレーションを行い、第1,2シミュレーションでは内集団ひいき行動は進化しなかったが、強い限定基準を持つ戦略群を投入した第3シミュレーションにおいて、内集団ひいき行動が進化したと報告している。その限定の強い戦略群とはS(A,A+)やS(B,B+)などの戦略群である。S(A,A+)とは「“A集団成員だけにすべて与える者”に与えているA集団成員」に与える戦略であり、S(B,B+)とは「“B集団成員だけにすべて与える者”に与えているB集団成員」に与える戦略である。第3シミュレーションではA集団ではS(A,A+)が、B集団ではS(B,B+)が集団をほぼ制圧する結果であった。

しかし、高木(1995)には、突然変異を導入していない問題点がある。高木(1995)のシミュレーションでは、少し限定の弱い戦略が少量ながら集団内に残っていた。それは、A集団における「A集団に資源を与えているA集団成員」に資源を与える戦略(S(A,A))とB集団における「B集団に資源を与えているB集団成員」に資源を与える戦略(S(B,B))である。高木(1995)ではこの戦略分布の時点でシミュレーションを打ち切っている。しかし、このまま世代が進んでいくと、これら2つの戦略がランダムな浮動によって、比率が変わり、A集団ではS(A,A)、B集団ではS(B,B)だけになる場合もあるだろう。すると、突然変異によって、他の戦略が入り込み、内集団ひいき行動をとる戦略が淘汰されてしまう可能性がある。この問題点がある限り、内集団ひいき行動が進化すると結論づけるのは尚早であろう。本研究では、突然変異を導入することで、内集団ひいき行動を取る戦略が淘汰されてしまうのか否かを調べる。

まず、本研究では第1〜3シミュレーションを行った。その結果、第1シミュレーションと第2シミュレーションでは高木(1995) と同様の結果になったが、第3ミュレーションでは高木(1995)と異なる結果を得た。高木(1995)では第3シミュレーションにおいて、A集団においてS(A,A+)とS(A,A)が、B集団においてS(B,B+)とS(B,B)が繁栄し、それぞれ前者の比率が高いという結果になっていた。本研究で行われた第3シミュレーションでは、それぞれの戦略が繁栄するまでは高木(1995)と同様であったが、それぞれの後者の比率が高い結果になった。そのため、ランダムな浮動によって、後者の戦略のみになる確率が多い。この集団に内集団ひいきしない戦略が侵入し、最終的には他者に資源をまったく与えない戦略が繁栄し、一般交換が崩壊してしまうレプリケーションも実際にあった。この結果は、第1~3シミュレーションでは高木(1995)が想定していた戦略と異なる戦略を想定していた可能性を示しており、内集団ひいきの適応的基盤を示すためにも新しい戦略を導入する必要があると本研究では考えた。

具体的には、S(A,A+)やS(B,B+)に代わり、S(A,A*)やS(B,B*)といった新戦略群を想定した。S(A,A*)は「前の試行において、A集団に属する仲間にすべて与えた」A集団成員のみに与える戦略であり、S(B,B*)は「前の試行において、B集団に属する仲間にすべて与えた」B集団成員のみに与える戦略である。これらの新戦略を導入した第4~6シミュレーションを本研究では行い、その結果、S(A,A*)やS(B,B*)といった戦略群を導入していない第4,5シミュレーションでは内集団ひいき行動が進化しなく、それらを導入した第6シミュレーションでは高木(1995)と同様の結果になり、内集団ひいき行動が進化した。すなわち、A集団ではS(A,A*)とS(A,A)が、B集団ではS(B,B*)とS(B,B)が集団を制圧し、それぞれ前者のほうが後者よりも比率が高いという結果になった。さらに、そのまま世代数を重ねた場合、S(A,A)やS(B,B)がランダムな浮動で増えることもなく、むしろ比率を減らし、最終的にS(A,A*)とS(B,B*)が集団を制圧した。

この最も厳しい内集団ひいき戦略(S(A,A*),S(B,B*))が集団を制覇した結果は高木(1995)では報告されておらず、本研究の新しい知見であるといえる。また、内集団ひいきが進化するためにはS(A,A*)とS(B,B*)という限定の強い戦略群が必要であったことから、内集団ひいきが進化するためには「内集団ひいきをしてない人を排除する」という成立要件が重要であったということが示された。


修士論文題目一覧