題目: 表情変化の知覚に関する日米比較研究

氏名: 間山 ことみ

担当教員: 結城雅樹


 本研究は、動的な表情の変化に着目し、その知覚の仕方に、文化によって異なる自己観や日常的現実を反映した差異があるかどうかを日米間で検討した。文化心理学によるこれまでの知見は、相互協調的な自己観が優勢な日本人にとって、人間関係の維持が非常に重要であることを示している。本研究ではその知見を踏まえ、アメリカ人と比較し日本人は、自分の行動が周囲の他者やその場において受け入れられているかどうかに注意を払いやすく、またそれに自分の行動を合わせていく必要性が相対的に高いため、自己の行動の不適切さを示す表情の変化に対して敏感に反応するだろうと予測した。具体的には、不適切さを示す他者の表情の変化として、幸せ表情の消失(実験1・3)と悲しみ表情の現出(実験2)に注目し、アメリカ人よりも日本人はいずれに対してもより速く判断しやすいと予測した。本研究ではこれに加え、アタッチメントや相互作用場面における不安傾向や相互独立・協調性などの個人特性を測定し、表情変化の知覚との関連性を探察的に調べた。また、過去の研究は、自文化の人物に対する表情認識は他文化の人物のそれよりも正確であることを示しているが、表情変化を知覚する際の自文化の人物に対する判断は他文化の人物よりも速いといった同様の内集団優位性の現象が見られるかどうかも検討した。

 実験1では、日米の刺激人物のある表情(幸せ・悲しみ)がだんだんと消えていき、中性的な表情に変化する動画を日本人とアメリカ人に提示し、その最初の感情が消えたと判断する速さに文化差があるかどうかを検討した。予測と一致し、日本人はアメリカ人よりも幸せ感情を速く消失したと判断しやすかったのに対し、悲しみ感情の判断に関しては、文化差は見られなかった。また日本人は、幸せ感情のほうが悲しみ感情よりも、それが消えたと判断するのが速かったのに対し、アメリカ人においては、感情の種類による差は見られなかった。そしてこの文化差は、アタッチメントに関する不安傾向における差異によって媒介されており、日本人が幸せ感情を消えたと判断するのが速いのは、重要な他者との関係性における不安傾向が高いためであることが示唆された。またこれらの結果に加え、自文化の刺激人物の表情の変化は、他文化の刺激人物の表情の変化よりも速く判断されていた。

 実験2では、日本人参加者とアメリカ人参加者に対し、実験1で用いたものとは反対に、中性的な表情がだんだんと変化し、ある表情(幸せ・悲しみ)に至る動画を提示し、いずれかの感情が現れたと判断する速さに文化差があるかどうかを検討した。しかし結果は予測とは異なり、参加者の文化にかかわらず幸せ表情は悲しみ表情よりも速く判断されたのに加え、表情の種類にかかわらずアメリカ人のほうが日本人よりも判断が速かった。そしてこの判断の速さの文化差は、測定された社会的恐怖の程度や社会的相互作用に対する不安の程度の個人差により媒介されており、日本人において感情の現出に対する判断が全般的に遅かったのは、他者から見られることや対人交流に対する不安の程度が高いためであることが示唆された。加えて、実験1と同様に、自文化の刺激人物の表情の変化は、他文化の刺激人物の表情の変化よりも速く判断されていた。

 実験3では、実験1と2において見られた表情変化の知覚における一種の内集団優位性現象に関し、それが果たして内・外集団の所属性に関する情報のみによって生じるほど頑健なものなのかどうかを検討した。具体的には、実験1の日本人刺激を日本人参加者に提示し、その感情の消失を判断させる際、刺激の集団所属性(日本人か中国人か)を操作し、内集団に対してのほうが外集団に対してよりも、より判断が速くなるのかどうかを調べた。その結果、集団間の差異は見られず、内集団優位性は生じなかった。加えて、ここでも幸せの消失は悲しみの消失よりも速く判断され、実験1の結果が追認された。

 以上の実験より、自己の行動に対し他者からの承認を必要とする傾向の強い日本人は、アメリカ人と比較し、承認を示す1つのキューである幸せ表情の消失に対し敏感であることが示された。さらに同様の傾向は、アタッチメントに関連した不安傾向が高い人ほど顕著であり、その判断における文化差はこの不安傾向の個人差によって媒介されていることが示唆された。しかしながら、悲しみ表情の現出に対する敏感さに関しては、予測通りの結果が得られなかった。その解釈として、感情が現出する際の動画のスピードが不自然であった点、さらには顔のどの部分に注目するか、直前の表情にどの程度影響を受けてしまうか等に関する文化特有の認知バイアスが関与した点が考えられる。そして表情の消失および現出のいずれの場合においても、内集団に対する判断のほうが外集団に対する判断よりも速い傾向が見られた。この現象はこれまで表情認識の課題において示されてきたが、それとは異なる実験手法を用いた本研究においても類似のパターンが得られたことは、この現象が頑健であることを示しているだろう。そしてその内集団優位性が単なる社会的カテゴリーの操作のみでは生じないことは、文化ごとに異なった表情の表示規則・解読規則による影響が大きいことを示唆するだろう。


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