題目: 規範逸脱状況における罰:2者罰と3者罰の比較
氏名: 高岸治人
担当教員: 山岸俊男
これまでの経済学における実験によって,人々は,資源の不公平分配といった不公正な状況に直面すると,自身が被害を受けたかどうかに関わらず,不公正に振舞った者を罰する傾向を持つことが示されてきた(Guth, Schmittberger, & Schwarze, 1982; Fehr & Fischbacher, 2004).自身が被害を受けた際に行う罰を2者罰(second-party punishment)と呼び,全く関係のない第3者の立場で行う罰を3者罰(third-party punishment)と呼ぶ.2者罰に関しては,主に最後通告ゲームによって研究が行われており(Guth et al., 1982),3者罰に関しては,3者罰ゲームによって研究が行われてきた(Fehr & Fischbacher, 2004).これら人々が行う罰は,社会秩序を維持するために必要不可欠であると考えられている(Yamagishi, 1986; Fehr & Gachter, 2002).
また,罰の動機に関しても研究が行われており,これまで2つの理論が提唱されてきた.1つ目は不公正回避(inequity aversion)であり,この理論によれば,人々は自身と他者の利得が同一であるときに最も効用を得る選好を持つとされている(Fehr & Schmidt, 1999).つまり,この観点からすれば罰の動機は格差是正である.また,2つ目の理論として,互恵性(reciprocity)がある(Falk & Fischbacher, 2006).この理論によれば,人々は不公正な振る舞いをした者の意図(悪意)に対して仕返しをすることで効用を得る選好を持つとされている.これまでの実験研究によって,2者罰に関しては,相手の意図の有無が罰の重要な規定因であることが明らかになっている(Falk, Fehr & Fischbacher, 2003).つまり,仮に相手が不公正な振る舞いをしたとしても,そこに意図がなければ,罰さないというわけである.この実験結果は,2者罰は,相手の意図に対する仕返しであることを示している.しかし,3者罰に関しては,格差是正を目的としているのか,もしくは意図に対する仕返しを目的としているのかを検討している研究は未だない.そこで,本研究では2者罰と3者罰における意図の役割を比較することで,2者罰も3者罰も相手の意図に対する仕返しであるかどうかを検討した.
研究1では戦略法(strategy method)によって3者罰における意図の効果を検討した.実験課題として3者罰ゲームを用いた.ゲームは分配者,受け手,第3者の3名1組で行った.まず,分配者は実験者から受け取ったお金を自身と受け手の間で分配した.その際に,分配者の意図を操作した.意図の操作方法は,Falkら(2003)の方法を踏襲した.その後,第3者には実験者から受け取ったお金の一部を実験者に支払うことで,分配者のお金を減らすことの出来るオプションが与えられた.第3者が支払った2倍の金額が分配者から減らされた.実験の結果,分配者の意図がない場合よりも,分配者が意図的に不公正な分配をした場合の方が3者罰の程度が高かったという結果が見られた.この結果は,3者罰は意図に対する仕返しであることを示している.しかし,相手に意図がない状況でもある程度の3者罰が生じた.
続いて,研究2では戦略法によって2者罰と3者罰における意図の役割を比較した.実験課題として2者罰ゲームと3者罰ゲームを用いた.2者罰ゲームは分配者と受け手の2名1組で行った.まず,分配者が実験者から受け取ったお金を自身と受け手との間で分配した.研究1と同様に分配の際に分配者の意図を操作した.その後,受け手には,分配者から受け取ったお金の一部を実験者に支払うことで分配者のお金を減らすことの出来るオプションが与えられた.受け手が支払った3倍の金額が分配者から減らされた.3者罰ゲームは,研究1と同じデザインである.ただ研究1と異なる点は,第3者が実験者に支払った3倍の金額が分配者から減らされることである.実験の結果,2者罰でも3者罰でも,分配者の意図がない場合よりも,分配者が意図的に不公正な分配をした場合の方が罰の程度が高かったという結果が見られた.この結果は,研究1と同様に2者罰,3者罰はともに意図に対する仕返しであることを示している.また,2者罰,3者罰ともに相手に意図がない状況でも同程度の罰が生じた.
研究3,4,5では,戦略法ではなくone-shot paradigmという方法を用いて2者罰,3者罰における意図の役割を比較した.いずれの研究も実験課題として2者罰ゲームと3者罰ゲームを用いた.研究3では,2者罰,3者罰ともに意図の効果は明確には見られなかったが,さらにデータを加えた研究4では,2者罰,3者罰ともに意図の効果は見られた.また,研究5では,受け手ないし第3者による罰の方法を,二者択一(罰するかどうか)に変更し実験を行った.その結果,これまでの研究と同様に,2者罰,3者罰ともに意図の効果が見られた.また,意図がない状況でもある程度の罰が見られた.
本研究5つの実験結果は,2者罰,3者罰は格差是正が目的ではなく,意図に対する仕返しであること,つまり意図の役割は同じであること.また,意図がない状況でもある程度の罰は生じるということを示している.