題目: 社会構造と社会的認知: 関係流動性がステレオタイピングに与える影響の検討

氏名: 堀川 裕生

担当教員: 結城雅樹


 ステレオタイプとは、特定の集団や社会的カテゴリのメンバーが共通して保持する内的特性についての情報である (Fiske & Taylor, 1991)。例えば、関西人は面白いといった信念もステレオタイプの一つである。人はこのステレオタイプを情報として用いて、他者の行動を予測することがある。社会的予測に関する先行研究は、文化によって他者の行動を予測する際に有用な情報の種類が異なることを示している (Gelfand et al., 2000)。では、ステレオタイプは一体どのような社会状況においてより他者行動の予測をするのに有用な情報となるのだろうか。本研究では、関係流動性の高い社会状況においてよりステレオタイプの有用性が高くなるとの仮説を立て、状況プライミング法を用いた2つの実験研究を通じてこの仮説を検証した。

 関係流動性とは、ある社会、または社会状況に存在する、必要に応じて新しい対人関係を形成できる機会の多さのことである。まず、社会状況の関係流動性が異なることによって、人々の行動と個々人の内的特性との対応度が異なると考えられる。関係流動性の低い社会状況においては、既存の対人関係や現在の所属集団の外部に新しい対人関係を形成する機会や集団を移動する機会が少ない。よって、既存の対人関係や現在の所属集団から排斥されることに伴うコストは非常に大きくなる。このような社会状況に置かれた人々は、対人関係や所属集団の規範などに行動を縛られるため、自身の内的特性に従って行動することが困難になる。そのため、行動と内的特性との対応度は低い。
一方、関係流動性の高い社会状況においては、既存の対人関係や所属集団の外部に新たな対人関係を形成する機会や新たな集団に移動する機会が豊富に存在する。そのため、既存の対人関係や所属集団から排斥されることに伴うコストが小さく、人々の行動が対人関係や所属集団の規範によって拘束される程度は非常に低くなる。このような社会状況においては、行動は主に内的特性によって導かれるので、行動と内的特性との対応度が高くなるのである。

  実はステレオタイプと行動の対応度に関係流動性が与える影響についても同様の議論を展開可能である。上述の通り、ステレオタイプを内的特性に関する情報として捉えると (Fiske & Taylor, 1991)、内的特性と行動との対応度が低い低流動性社会状況においてよりも、内的特性と行動との対応度が高流動性社会状況においてよりステレオタイプと行動の対応度は高くなるだろう。そのため、関係流動性の高い社会状況においてより、他者行動予測におけるステレオタイプの有用性は高くなると考えられるのである。

  以上の仮説を検証するために、本研究では2つの実験研究を通じて状況プライミング法を用いて参加者が直面している状況の関係流動性認知を操作し、ステレオタイプの正確性認知に与える影響を検討した。本研究では、ステレオタイプの有用性認知が高ければステレオタイプの正確性認知も高まるとの前提に立ち、ステレオタイプの正確性認知をステレオタイプの有用性認知の測度として用いた。

  実験は2つのパートから成り、「第1実験」では関係流動性認知の操作が行われ、「第2実験」ではステレオタイプの正確性認知が測定された。研究1では、文章読解力テストの問題文として、日本社会の関係流動性の変化について論じた架空の文章を読ませることによって関係流動性認知を操作した。高流動性条件の参加者は、日本社会の開放性が高まりつつあることを主張した文章を読み、低流動性条件の参加者は日本社会が依然として閉鎖的なままであることを主張した文章を読んだ。一方、研究2では、参加者自身の経験を想起させることで関係流動性認知を操作した。高流動性条件の参加者は、見知らぬ他者と関係を築こうと努めた場面 (高流動性社会に典型的な状況) を、低流動性条件の参加者は高校時代の友人と会話した場面 (低流動性社会に典型的な状況) を思い出し、その場面の様子とその時に感じた気持ちを記述した。「第2実験」では、Levy et al. (1998) の実験1の方法を用いてステレオタイプの正確性認知を測定した。参加者はまず5つの社会集団 (アメリカ人、韓国人、東大生、教師、オタク) について知っているステレオタイプをできるだけ多く挙げることを求められた。その後自身が挙げたステレオタイプがどの程度現実を正確に反映していると思うかを5件法 (0: 全く正しくない ~ 4: 非常に正しい) で回答した。

  実験の結果、概ね仮説を支持する結果が得られた。研究1においては、関係流動性認知の操作が必ずしも成功しなかったことが示唆されたが、研究2においては、低流動性プライミングを受けた参加者に比べ高流動性プライミングを受けた参加者の方がよりステレオタイプの正確性認知が高い傾向にあることが示されたのである。

  しかし、今回用いた方法によって純粋に参加者の関係流動性認知を操作できたのかは定かではない。また、実際に高流動性状況下においてよりステレオタイプを用いた他者行動予測がなされやすいかどうかも検討できていない。今後、関係流動性の異なる社会間における比較社会研究や、直接ステレオタイプ使用を測度とする研究を行い、仮説の妥当性を確認する必要があるだろう。


修士論文題目一覧