題目: 集団生産時の行動パタンにみる最適戦略と非合理的バイアス:「二八の法則」の心理的基盤
氏名: 石橋伸恵
担当教員: 亀田達也
「二八の法則」とは、全体の生産量の大部分は一部の生産者によって生み出されるという日常知である。企業の生産効率や労働者のモチベーションに関わる労働の現場での議論において、「組織は一部の働き者と多くの怠け者で構成されている」という含意をもつこの日常知は広く受け入れられている。では、こういった組織や集団内での労働貢献量の個人間の偏りはどのようにして生まれるのだろうか。
生態学の分野において、Giraldeau & Caraco (2000)は集団採餌する動物の行動を解析するため、自分でコストを負担して利益を得る個体(producer)と、他者の働きで得られた利益の分け前にたかる個体(scrounger)の集団内の比率を予測するproducer-scroungerモデルを提示した。鳥を用いた行動実験によって検証した結果(Giraldeau, Soos, & Beauchamp, 1994)、その妥当性が確認されている。
また、人間集団を対象とするいくつかの行動実験(Kameda & Nakanishi, 2003; Kameda & Tamura, in press; 塚崎, 2004)においても、集団全体をマクロレベルで観察した結果、集団内に協力者と非協力者が安定した比率であらわれることが観察されてきた。
これら、producer-scroungerモデルおよび、人間集団を観察した先行研究はいずれも、集団全体をマクロに観察して協力者・非協力者の人口比が安定する様子を確認したものであり、個体の意思決定行動を予測・観察したものではない。そこで本研究では、これまでに確認されてきた集団生産場面における協力者・非協力者の人口比が生じるプロセスについて、個人の行動を対象としたマイクロレベルの検証を行った。
個人の意思決定過程の分析に当たっては、先行研究やproducer-scroungerモデルで用いられている、生態学的妥当性の高い課題構造と同様の構造を持つ課題を想定し、そこでの個人の利益を最大化するゲーム理論的最適戦略をモデルとして立て、行動実験を実施した。
皆で協力して利益を得るような、加算的課題を行う集団生産状況は、一般的に限界逓減型の構造を持っている(Steiner, 1972)。このような状況下での個人の利益は、集団生産量を全員で分け合うため図1と同様に限界逓減しており、協力にかかる個人コストの大きさは一定とすると、集団内協力者数が少ないうちは利益の増分がコストよりも大きいが、協力者数が増えると利益の増分がコストよりも小さくなっていく(図2)。つまり、自分以外の集団内協力者人数情報が与えられた場合に、個人の利得を最大化する最適戦略は、協力する場合に見込める利益の増分がコストを上回れば協力、利益の増分がコストを下回れば非協力となる。
図 1 集団内協力者人数と集団全体の生産量
図 2 集団内協力者数・個人の利益・個人コストの関係
このような利得構造を持つ7人のチーム状況を実験課題として構築し、「自分以外の集団内協力者数」(0〜6人)を実験操作し、参加者の協力率を繰り返し測定した(実験1)。その結果、参加者行動の平均データは、報酬を最大化する最適行動に近い傾向を示しているが、参加者が受け取った報酬金額は、最適行動を取っていたら得られたはずの金額の期待値から有意に逸脱していた。つまり、ゲーム理論的に予測される最適戦略を参加者が取っていたとは言えなかった。
また、実験報酬額が上がることで、参加者間の行動の分散や外れ値が減るという実験経済学の知見(Camerer & Hogarth, 1999)があることから、実験1のコストと報酬金額を倍額にした実験を行った(実験2)が、同様に最適戦略を参加者が取っていたとはいえなかった。
そこで、参加者間で行動の個人差が大きいことに着目し、行動の類型化を試みた。類型化にあたってはFischbacher, Gachter & Fehr(2001)を参照し、集団内協力者数が増えるほど協力率を下げるという最適行動に近い傾向を示した参加者を反同調群、逆に集団内協力者数が増えるほど協力率を上げる傾向を示した参加者を同調群、9割以上の協力率を示した全面協力群、1割以下の協力率を示した全面非協力群の4類型に分類した。その結果、反同調群が最も多く、実験1で37%、実験2で38%であった。同調群は実験1で16%、実験2で6%と2番目に多く、全面非協力群(実験1で10%、実験2で12%)、全面協力群(実験1で4%、実験2で6%)と続いた。これらの個人間の行動傾向の差は、実験2で報酬を倍額にしたことで、個人内の行動のぶれが小さくなっても依然として残っていた。また、実験では実験課題を63試行繰り返し、その都度成果をフィードバックしていたが、学習の成果によって最適戦略を獲得する傾向があったとはいえなかった。
最後に、参加者の持つ行動傾向の違いはどのようにして生まれたのかを心理尺度との関わりから検討した。その結果、同調群の方が反同調群に比べて、社会のルールを他人が破ることが許せない傾向や、計略的思考を好む傾向、妬む気持ちを持つ傾向が強かった。対して反同調群の方が同調群に比べて、社会的に望ましい行動をとる傾向、周囲の人の感情や行動に影響を受けやすい傾向が強かった。以上から行動傾向の個人差、特に非合理的なバイアスと信念・規範・行動理念といったものとの結びつきが示唆された。