題目: 社会的交換における外見的魅力と行動傾向の関係について

氏名: 高橋知里

担当教官: 山岸俊男


本研究の目的は、短期的な社会的交換において、他者から外見的に魅力が高いと評価される人は、魅力が高いと評価されない人に比べると、非協力的な行動傾向をもつかどうかを検証することにある。

  外見的な魅力は、社会生活における様々なドメインで重要な資源となることが多くの知見から明らかにされている。例えば、結婚市場において (Elder, 1969) 、労働市場において (e.g., Hamermesh & Biddle, 1994) 、人々は外見的魅力の高い人に対する優遇的な態度、行動を示す傾向があることが報告されている。さらに、社会的交換を抽象化した囚人のジレンマゲーム (PD) においても、魅力的な人は他者から協力的に振舞われることが示されている (Mulford et al., 1998)。これらの現象は、人々は魅力的な人に対し、外見的のみならず内面的にも優れた人であるという人間観(美人ステレオタイプ)を抱いたり、魅力的な人とつきあうこと自体に価値を見出す(taste for beauty)という心理傾向によって説明がなされてきている。では、逆に魅力的な人自身はどのような行動傾向を持つのか。Mulfordらは自分の外見的魅力が優れていると思っている女性は、非協力行動をとることを示し、自分の魅力が交換資源と成り得ることが女性に非協力行動をとらせる、と解釈している。

  本研究では、社会的交換における行動傾向と本人の外見的魅力の関係を、Mulfordらの知見を踏まえつつ、進化生物学の配偶者選択理論 (Triverse, 1972; Kanazawa & Still, 1999) を援用して新たな議論を進める。

  配偶者選択理論によると、多くの哺乳類の場合、配偶者選択権を有するのはメスであり、メスがオスを選ぶことよって配偶関係が成立する。この理論は、短期的な配偶関係に限定することによって、人間にも適用することが可能である (e.g.,Buss & Schmitt, 1993)。そして、多くの女性から選択され、配偶機会に恵まれる男性は、他の多くの男性が行う長期的な資源投資の意思表明の必要がなく、実際に特定の相手に対する資源の投資を行う必要もない。さらにGangestad & Simpson (2000)は、外見的魅力の高さは遺伝子の質のバロメータであるという議論を前提として、短期的配偶関係形成に関しては、外見的魅力の高い男性は多くの女性から配偶相手として選択される機会があると予測している。

  上記の議論から、本研究では以下の仮説を導く。まず、短期的な社会的交換において、他者から外見的な魅力に優れると見なされる人は、協力行動をとる傾向が低いと予測する(仮説1)。さらに、配偶関係に関する理論から、外見的魅力と協力傾向の間の負の相関関係は男性においてのみ見られ、女性には見られないであろう(仮説2)。加えて、上記の予測は、配偶関係のドメインにおける理論に基づいているため、社会的交換において、外見的魅力の高い男性が非協力行動傾向を示すのは、基本的には女性との交換においてであると予測される(仮説3)。

以上の仮説を検証するためのアプローチ方法として、事前に実施されている複数のゲーム実験参加者のゲームにおける行動傾向(協力的・利他的行動、もしくは非協力的・利己的行動)と、ゲーム実験についての情報を与えられていない第三者(評定者)による外見的魅力評定の結果を比較した。分析対象は、分配者選択ゲーム、分配委任ゲーム、信頼ゲームにおける分配者の報酬分配行動、囚人のジレンマゲーム(PD)における行動選択(協力・非協力)、社会的ジレンマゲーム(SD)における行動選択(協力・非協力)の以上5種類のゲームでの行動であった。手続きとしては、上記のゲーム実験参加者の顔写真をカラー印刷したものを、評定者に提示し魅力評価をさせた。提示した写真は、研究1(女性25枚、男性52枚)、研究2(女性20枚、男性15枚)、研究3(女性36枚、男性42枚)、研究5(女性10枚、男性23枚)は北海道大学の学生、外見的魅力評定者はすべて札幌市内および近郊の専門学校の学生(順に、n=85, 36, 85, 31)であった。また研究4では、韓国で実施したPD実験参加者の写真(女性50枚、男性22枚)を用い、韓国 (n=100) と日本 (n=63) の両国において外見的魅力評定を実施した。

一連の実験の結果、ゲームにおける協力的もしくは愛他的行動と本人の外見的魅力には、負の関係が一貫して見られた。さらにこの関係は男性において顕著であり、女性には一貫しては見られなかった。すなわち外見的魅力の高い男性は、魅力の低い男性に比べて、社会的交換において非協力的、利己的な行動方略をとるが、女性はこれに倣わないという、仮説1,2は支持された。ただし、交換相手の性別については仮説3を支持する結果は得られなかったため、外見的魅力に優れた男性の非協力的、利己的行動が女性に対してのみならず男性にも向けられることの更なる検討が求められる。


修士論文題目一覧