題目: 文化的認知と相互作用:集団意思決定パラダイムを用いた実験研究
氏名: 仲間大輔
担当教官: 亀田達也
本研究では、これまで文化心理学が明らかにしてきたさまざまな「文化傾向」について、社会的に共有された期待の重要性という点から体系的な再吟味を行った。
近年の文化心理学における研究成果は、それまで文化普遍的と考えられてきたさまざまな心理学的現象に関し、欧米—東アジアといった洋の東西で一定の方向性を持った文化的差異が見られることを報告してきた(cf. Fiske, Kitayama, Markus, & Nisbett, 1998)。しかし、さまざまな認知過程に及ぶ文化差の報告は、これまでのところ羅列的であり、欧米との対比の上で同定されるさまざまな「東アジア的」文化傾向は、特に実証的に検討されることなく、「相互協調的自己観(Markus, & Kitayama, 1991)」もしくは「包括的認知(Nisbett, Peng, Choi, & Norenzayan, 2001)」としてまとめられてきた。このような問題意識から、本研究は、これまで「東アジア的」とされてきたさまざまな心理的傾向について体系的に検討することをその目的とした。
本研究が理論的定点として依拠したのは、Cohen(2001)による、文化的差異を複数の均衡として理解する枠組みである。この枠組みにおいて理解される文化傾向は、相互作用の中で、文化・社会内で共有されている期待から逸脱しないよう自動的に調整されている。アメリカ南部の男性の他者からの侮辱に対して攻撃的に振舞う傾向(名誉の文化; Nisbett, & Cohen, 1996)を例として、Cohenは以下のようなプロセスを描いている。アメリカ南部においては、侮辱を受けることは否定的な出来事であるという期待、またそれへの攻撃的な応酬は肯定的に受け止められるという期待が、社会的に共有されている。このような期待に基づき、南部の男性は、他者からの肯定的反応が得られるように(もしくは否定的反応を避けられるように)、侮辱に対してより攻撃的に振舞うことになる。このような理論的枠組みは、文化差の生成・持続のプロセスに説明を与えるものではあるが、さまざまな領域で見られる文化傾向のそれぞれについて当てはまるかどうかは自明ではなく、経験的検証の余地が残されている。
実証研究にあたり、集団意思決定研究における「社会的共有」現象(Kameda, Tindale, & Davis, 2003)を活用した。社会的に共有されている期待や認識の枠組みに合致する意見や選択は通常よりも多くの支持を集めやすく集団決定となりやすいとされる。このような集団意思決定研究における知見から、集団意思決定場面において「社会的共有」現象が生起するか調べることを通じて、社会的に共有された期待が果たす役割を検証することができると考えられる。そこで、以下のような想定の下に、これまで文化傾向を同定するために開発されてきた多様な文化的認知課題を用い、それらを個人によって回答させる場合と集団討議によって回答させる場合との比較を行った。ある文化的認知課題における集団での回答に「社会的共有」のメカニズムが働き、通常の集団意思決定における集約と比べて「文化特徴的」とされる方向にいっそうの偏りが生じさせるならば、その文化的認知課題で測定される認知の傾向は、社会的に共有され、その共有によって支えられるような文化傾向であると言うことができるだろう。それに対して、集団の回答について「社会的共有」現象が特には観察されない場合、その文化的認知課題が測定するのは、期待の共有とは関連が薄いような文化傾向であると推論することができるだろう。
2つの実験が実施され、さまざまな「東アジア的」文化傾向に関して、「社会的共有」現象が見られるかどうかが検討された。たとえば、図形群の類似性を判断する際に、絶対的な共通点を持っていることよりも重複する要素の全体的な多さに注目する判断傾向(Norenzayan, Smith, Kim, & Nisbett, 2002)については、「社会的共有」現象が見られ、集団討議の結果、その判断傾向はいっそう増加していた。このことから、この類似性判断に関する「東アジア的」文化傾向は、社会的に共有された期待が重要な役割を果たし、相互作用の中で調整されるような文化傾向であると考えられる。それに対して、行為の原因を行為主体の内的な要因よりも、行為主体を取り巻く外的・状況的要因に帰する傾向(Miller, 1984; Morris, & Peng, 1994)については、集団討議における「社会的共有」現象は観察されなかった。このような結果は、これまで文化心理学が明らかにし、「相互協調的自己観」もしくは「包括的認知」の名の下に単純にまとめてきた文化傾向の中には、社会的に共有された期待に支えられ、それに沿うような形で相互作用の中で調整されるものと、共有された期待とは比較的無関連な形で存在しているものとがあることを示唆している。ただし、対人場面において、相手の興味・関心などの個人的情報よりも、相手の友人や属する集団など社会関係についての情報をより有用であるとする傾向(Gelfand, Spurlock, Sniezek, & Shao, 2000)、中心情報と背景情報を統合して処理する注意配分の傾向(Kitayama, Duffy, Kawamura, & Larsen, 2003)など、他に用いた課題の幾つかについては、実験間で一貫せず、曖昧さを残す結果となった。また、本研究の限界として、ここで行われた経験的な区分の理論的な基準は明らかではない。今後更なる研究が求められる。