題目: 第三者による不公正是正行動に対する意図の効果

氏名: 宮原真由美

担当教官: 山岸俊男


不公正な状況に直面した時、人々は多くの場合、それを是正しようと行動する。例えば、同等の仕事をしたにも関わらず、周囲よりも受け取る賃金が少なければ異議を申し立てるであろう。また、女性差別撤廃運動は、女性が男性に比べて社会的に不公正な扱いを受けている状況を是正しようと生じた運動である。歴史的にも、不公正を是正しようという意識や行動が大きな潮流となり、革命や政権交代といった社会変動へとつながった例は数多く見られる。このように不公正是正行動は社会に大きな影響を与える重要な行動である。しかし、不公正是正行動には相応のコストがかかる。なぜ人はコストをかけてまで不公正を是正しようとするのだろうか。

不公正を是正するとき、自己利益に直接関係する不公正是正と自己利益に直接関係のない不公正是正が考えられる。前者の自己利益に直接関係する不公正是正は、自分の利益を増やせるという直接のメリットが存在し、また利益を増やせなかったとしても、自分が不公正を許さない人間であることを示すことにより、今後自分が不公正に扱われることを避けられる可能性がある。よって自己利益に直接関係する不公正是正は、例えその時にコストを負っても長期的には自己利益になり得る。

後者の自己利益に直接関係のない不公正は、是正しても自分の利益が増えることはない。また自分が不公正を許さない人間を示すことによるメリットも、直接自己利益に関係する不公正を是正する時ほど一概には期待できない。よって自己利益に直接関係のない不公正を是正しても何のメリットもないと思われるが、社会ではしばしばこのような行動が観察される。実験経済学の分野で自己利益に直接関係のない不公正是正行動が近年研究され、このような不公正是正行動を人々が実際にとることが示されている。

人々が自己利益に関係のない不公正を是正するのはどのような時かを考えると、資源の分配などの結果が不公正な状態を是正したいというよりは、不公正な分配をもたらした人の不公正な意図を是正したいと思い、不公正是正行動を起こすのではないだろうか。不公正是正行動に対する意図の効果は、実験経済学の分野でも注目されており、実際に人々は意図的な不公正に対してより是正行動をすることが示されている。以上の議論から、本研究では、自己利益に関係のない他者同士の不公正を是正する行動は、行為者が意図をもって不公正な状況を作り出した時のみ生じるという仮説を実験により検証する。

実験は以下のような形で行われた。まず分配者が受け手との間で一定額の分配資金を分配する。この時、分配者が意図的に不公正な分配をした場合(意図あり条件)と分配者の意図的な行動ではなかったが、結果として不公正な分配になってしまった場合(意図なし条件)の2種類の場面を用意した。参加者はオブザーバーという役割を割り当てられ、2種類のうちどちらかの場面を提示された後、不公正な分配者からお金を差し引くかどうかを決定する。具体的には、オブザーバーには、実験者からお金を差し引くための元手が渡され、分配者からお金を差し引く、つまり分配者を罰するためにそのうちのいくらを使うかを決定する。オブザーバーが決定した金額の2倍が分配者から差し引かれるが、差し引かれたお金は実験者によって没収され、オブザーバーのものにも受け手のものにもならない。また、使わずに残った差し引き元手は、オブザーバーの実験報酬となる。つまり、オブザーバーが元手を使ってもオブザーバー自身には何の利益にもならず、むしろコストのみを負うことになる。このような状況で、オブザーバーである実験参加者が分配者からお金を差し引くために元手のうちいくらを使うかを本実験における主たる従属変数として測定した。本研究で検証する仮説が正しければ、オブザーバーが元手を使う、つまり分配者を罰するのは、分配者が意図的に不公正な分配をした場合のみであろう。

実験の結果、オブザーバーが分配者を罰するのは、分配者が意図的に不公正な分配をしたときのみであるという本研究の仮説は支持されなかった。分配者に不公正な意図がない場合でも、分配者を罰するという行動が見られた。本実験で罰行動を生じさせた要因を調べるために、実験後に参加者が回答した事後質問紙の分析を行った。まず、分配者の意図の認識について尋ねる項目について分析してみると、分配者に意図があると思うほど罰さず、分配者に意図がないと思うほど罰するという予測とは反対の効果があることが明らかとなった。意図の認識以外意図あり条件意図なし条件に共通して、一般的に罰を規定していた要因として、不公正に対する非寛容、役割期待、受け手への共感があることが明らかとなった。さらに、意図あり条件と意図なし条件では、罰行動の規定因が異なっており、意図あり条件では、他者が抱いている公正についての規範を達成・維持しようとする志向が、意図なし条件では、不公正な分配しかできなかった分配者が罰されることを望んでいるだろうという認識が罰行動を規定していた。仮説は支持されなかったが、行為者の不公正な意図がある場合とない場合では罰行動を規定する要因が異なっており、自己利益に関係しない不公正是正行動に意図が与える効果を検討することが重要であることが示唆された。また、罰を規定する要因として、自分自身が不公正を是正したいと思うことの他に、「他者の持つ規範の内容を推測し、それを達成するために罰する」という要因が明らかになったことも、本研究で得られた新たな知見である。


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