題目: 集団間競争の認知が集団内協力に与える影響の実験的検討

氏名: 横田晋大

担当教官: 結城雅樹


 本研究の目的は、集団間競争の認知が人々の内集団協力に与える影響を実験的に検討することである。人々が集団間競争を認知したときとしないとき、各状況における内集団協力の心理プロセスの違いを明らかにし、その知見から適応論的な視座から集団間競争時と非競争時における領域固有的な協力行動の存在意義を考察する。

 本研究では、人間が自身の利益を顧みずに自集団 (内集団) に対して行う協力行動について検討する。人間が内集団に対して協力する際にはコストが生じるため、そこでは個人の利得と集団の利得とで葛藤状況に陥る。この状況は社会的ジレンマと呼ばれており、ここでの内集団への協力行動は、まさに自身の利益を顧みない協力行動であると言える。Kramer & Brewer (1983) は、社会心理学の分野における社会的ジレンマ状況の解決法に関する知見を概括し、利得構造の変革を行う「構造的アプローチ」と個人の動機の変革を行う「個人的アプローチ」の2つに分類した。本研究では、これら2つのアプローチを包含する社会的相互作用として集団間競争に注目する。ただし、本研究が焦点を当てるのは、実際の集団間の利益の葛藤状況ではなく、人々の主観的な状況定義としての集団間競争、つまり集団間競争の認知の効果である。

 集団間競争の認知が人々の内集団協力にもたらす効果は、現実的葛藤理論、社会的アイデンティティ理論、合理的選択理論により予測が可能である。これらの理論から説明される集団間競争の認知の効果は、社会的アイデンティティの相対的優位性への脅威、集団間の差異性と集団内の類似性の強調効果、そして協力行動が非協力行動の利得を上回る可能性が存在するステップレベル型の利得構造への変化である。これらの要素は、人々の内集団協力行動を生起・促進させ、内・外集団間の差の最大化動機、内集団アイデンティティの程度を高揚させることが予測される。

 本研究では、集団間競争の認知が内集団協力に与える効果について検討した3つの実験の結果について報告する。第1実験では、仮想世界ゲーム (広瀬, 1997) を用いた。仮想世界ゲームでは、低地位集団において、集団間競争の認知の高低が内集団協力、および内集団アイデンティティ、内集団評価の程度に与える影響を検討した。その結果、集団間競争を相対的に強く認知している集団は、その程度が弱い集団よりも内集団協力、内集団アイデンティティ、内集団評価の程度が高いことが示された。続いて第2実験では、社会的ジレンマ状況における集団間競争の認知の効果を検討した。プライミング法により集団間競争の認知を暗黙裡に活性化させた条件とさせない条件において、その内集団協力の程度を比較した。結果は、集団間競争の認知を活性化させることにより、内集団協力の程度が高まることが示された。それに加え、集団間競争の認知を活性化させた条件では、内・外集団間の差の最大化動機をより意識すると同時に、その動機が内集団協力の規定因となった。この結果は、人々が集団間競争を認知しているときには、内集団協力を規定する心理プロセスが認知していないときと異なることを示唆するものだった。そのため第3実験では、集団間競争の認知の有無による心理プロセスの違いに注目した。第3実験は、集団間競争の認知と集団内の相互依存性を操作し、最小条件集団 (Tajfel et al. 1971) における内集団ひいき行動の生起パターンを観測した。集団内の相互依存性の操作では、内集団ひいき行動を測定する報酬分配課題において、集団メンバー同士の一般的な交換関係を存在させるか否かにより行われた (Yamagishi et al., 1999)。その結果、集団間競争の認知の有無により、集団内の相互依存性への反応性が異なった。集団間競争の認知が活性化していないとき、集団内の相互依存性が存在すれば内集団ひいきは生起したが、集団内の相互依存性が存在しないときには内集団ひいき行動は生起しなかった。一方、集団間競争の認知が活性化されたときには、集団内の相互依存性が存在しないときでも内集団ひいきが生起した。加えて、集団間競争の認知の活性時には、内外集団間の差の最大化に基づいた内集団ひいき行動も観測された。これらの結果は、集団間競争が認知されていないときには集団内の相互依存性に基づいた内集団協力行動が、集団間競争が認知されているときには内外集団間の差の最大化に基づいた内集団協力行動が生起することを示している。よって、集団間競争の認知の有無により、人々の内集団協力に至る心理プロセスが異なることが示された。

 以上より、集団間競争の認知は、内集団協力行動の生起・促進、そして内外集団間の差の最大化動機に基づいた協力行動の生起を促すことが示された。本研究では、集団間競争の認知により発動する内集団協力行動は、人々が日常生活の中で経験的に獲得してきたヒューリスティック的な行動パターンであると考える。これより、集団間競争時と非競争時における、ヒューリスティック的な行動パターンの存在意義について、適応課題の解決の観点から議論する。


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