題目: 「多数決規則の適応的基盤」再考: 進化シミュレーションと集団実験による検討

氏名: 塚崎崇史

担当教官: 亀田達也


 多数決規則、もしくは多数派主導型の合議に基づく集団意思決定システムは、産業化社会・部族社会 (Boehm, 1996) を問わず、広範な社会で見られる文化的装置である。また、生物学的知見からは、社会性動物の集団でも、多数決規則と同型の集団意思決定が使われていることが示唆されている (Conradt & Roper, 2003)。しかし、政治・経済学で社会的選択理論と呼ばれる分野では、各メンバーの選好を集約したときに、民主性と合理性を両立できない (Arrow, 1963) ことから、多数決規則を使用することは否定的に捉えられがちである。では、なぜ人々は多数決規則を好んで用いるようになったのだろうか。本研究では、近年社会心理学に導入された適応論的アプローチ (亀田・村田, 2000) からこの問いを再考する。そして、多数決規則の有効性を、上述のような論理的整合性ではなく、外部環境の発する統計的不確実性を低減し、解くべき課題の真の構造を反映したより正確な決定を生み出せるのか、ひいては集団の各メンバーにより多くの利益をもたらすのか、という観点から捉えなおす。

 Hastie and Kameda (2004) は、既にこの観点を援用したコンピュータ・シミュレーションを行っている。なお、このシミュレーションでは、複数の狩人が集団で狩りに出かける際に、より多くの獲物がいる狩場を選ぶことを目指す、という原始的な状況が想定されていた(狩りのメタファー)。また、各狩場の獲物量(環境の真の状態)は、直接知覚することができず、近接手がかりを通じて間接的に推測するしかない。そして、その際に様々な意思決定規則を用いる集団の間で、狩りの遂行量を比較した結果、(a)多数決規則は単純で計算コストがかからないながらも、より精緻だが計算コストのかかる平均規則に匹敵し、しかも(b)グループの人数や手がかりの予測妥当性などに関する広いパラメータ範囲で、グループ内で最も有能なメンバーに判断を一任する、ベストメンバー規則を上回る遂行を挙げることが示された。

 しかし、Hastie and Kameda (2004) の用いたアルゴリズムでは、グループの全メンバーが集団意思決定プロセスに協力的に参加することが暗黙に仮定されていた。しかし、以下のような、集団意思決定の持つ公共財的な性質を考えた場合、この仮定は疑わしいだろう。集団意思決定の結果は、集団の全メンバーに等しく影響する。しかし一方で、環境についての情報探索や、投票(意思表明)への参加には、時間や労力などの面で個人的なコストを伴う。よって、これらの行動について各メンバーにただ乗りの誘因が発生する (cf. 山岸, 1990) ため、協力的に振舞わないメンバーが少なからず現れるだろう。また、場合によっては、多数決規則を用いていながら、誰もが協力的に振舞わない衆愚的な状況に陥る可能性もある。では、このような懸念を乗り越えて、多数決規則はなお適応上有効な集団意思決定システムであるといえるのだろうか。

 本研究では、まず、Hastie and Kameda (2004) の用いたアルゴリズムを拡張し、集団の各メンバーに、情報探索と投票参加のそれぞれをするか否かに関する「遺伝子」を組み込んだ進化シミュレーション(第2章)を行った。その結果、まず、(1)多数決規則を用いる集団内で上記のただ乗り問題は確かに発生するものの、協力的に振舞うメンバーがある一定の割合で確保され、衆愚の懸念は回避されることが示された。そして、均衡状態におけるメンバー1人あたりの平均利得を比較すると、(2a)多数決規則はなお平均規則に匹敵し、加えて、(2b)情報探索や投票参加にかかるコストが大きすぎなければ、やはりベストメンバー規則を上回ることが示された。

 続いて行った集団実験(第3章)では、進化シミュレーションで想定したものと同じ状況をコンピュータ・ネットワーク上に実装し、参加者(6人グループ)に多数決規則、もしくはベストメンバー規則に基づいた集団意思決定を繰り返し行わせた。そして、各集団における協力者数の推移や、1人あたりの平均獲得報酬額を用いた分析を行ったところ、進化シミュレーションから導かれた理論的予測 (1)、(2b) を支持する結果を得た。

 前述のように、社会的選択理論では、論理的整合性の観点から、多数決規則を使用することは否定的に捉えられていた。しかし、これらの結果は、多数決規則は汎用可能であることを、「生産性が高い」という適応の観点から保証するものであろう。

 なお、本論文では、総合考察(第4章)において、組織研究などに対する示唆について論じた。また、多数決規則の他の適応課題における有効性、および集団意思決定システムの維持・変容メカニズムの解明について、今後の研究の展望を示した。


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