題目: 文化と集団行動についての実験研究
氏名: 竹村幸祐
担当教官: 結城雅樹
本研究の目的は、非常に頑健な現象として知られる個人‐集団不連続性効果(interindividual-intergroup discontinuity effect)について、これまでほとんど議論されることのなかった文化差の可能性を検討することにある。個人‐集団不連続性効果とは、集団間関係が個人間関係に比べて競争的もしくは非協力的になりやすい傾向(Insko & Schopler, 1998)のことを指す。Inskoを中心とする研究グループは、主に、個人間で行う囚人のジレンマ・ゲーム(prisoner’s dilemma game; PDG)と集団間で行うPDGを比較することを通じ、不連続性効果を生起させる要因を探ってきた。これまでに指摘された要因として、(1) 集団間相互作用時に相手に対する不信感を高める外集団不信スキーマ(outgroup distrust schema, e.g. Insko & Schopler, 1998)、(2) 自己利益追求に対する他の集団メンバーからの承認・支持(Schopler et al., 1993)、(3) 集団内での責任の分散(Schopler et al., 1995)、(4) 内集団の利益を外集団の利益より優先することへの規範的圧力(Wildschut et al., 2002)がある。本研究では、(1)に関するInskoらの仮説が文化差の存在する可能性を含意している点に着目している。Inskoらによれば、日常生活における個人間関係・集団間関係の経験をもとに、「集団間関係は競争的であり、外集団は競争的に振舞う」というスキーマが形成される。そして、集団間相互作用においては、このスキーマに基づいて「身を守るため」の競争的行動が促進される。すなわち、「集団間関係は競争的である」という信念と実際の集団間競争が相互に再生産されるというのである。このことは、同時に、集団間関係が競争的でない社会においては、外集団不信スキーマが弱く、個人‐集団不連続性効果の規模が小さくなることを含意している。これまで、個人‐集団不連続性効果の研究はアメリカを主な舞台としており、この現象に文化差の存在する可能性が議論されることはほとんどなかった。しかし、Yuki (2003) は、東アジア人が欧米人に比べて、集団間関係を優劣の文脈で捉える傾向が弱いことを主張している。この仮説から、東アジアの集団間関係は欧米の集団間関係ほど競争的ではなく、外集団不信スキーマも形成されにくいと予測される。Yuki (2003) の仮説を支持する知見として、次の知見が挙げられる。(1) アメリカ人の内集団忠誠心が、外集団に対する内集団の優越性知覚と関連するのに対し、日本人の内集団忠誠心は集団内の対人関係性認知と関連する(Yuki, 2003)。(2) 日本人は、アメリカ人より、外集団との優劣関係に注意を払う傾向が弱い(伊藤, 2002)。(3) 外集団メンバーに対する不信感は、アメリカ人において日本人よりも強固である。日本人の場合、自分の知人が存在する外集団のメンバーには内集団メンバーに対するのと同程度の信頼を示すのに対し、アメリカ人の場合は、知人の有無に関わらず、一貫して強い不信感を外集団メンバーに抱き続ける(Yuki et al., 2003)。以上のことから、日本人を含む東アジア人は欧米人ほど強い外集団不信スキーマを持たず、ひいては、個人‐集団不連続性効果の規模も小さくなることが予測される。
まず、予備調査として、個人間関係・集団間関係についての信念を日米で調べた。その結果、集団間関係を個人間関係より競争的に評価する傾向は、日本人においてアメリカ人より弱かった。このことは、日本人がアメリカ人ほどの外集団不信スキーマを持っていないことを意味している。
次に、日本人における個人‐集団不連続性効果の規模を調べるために、アメリカで実施されたInsko et al. (1990, Study 2, PDG条件) の追試を日本で実施した。具体的には、10試行の反復PDGを用い、個人間で行うゲーム(個人間条件)と集団間で行うゲーム(集団間条件)の競争率を比較した。集団間条件の集団は3人から構成され、合議によって意思決定を行った。各試行において、15秒間のプレイヤー間交渉(集団間条件では代表者による)があり、獲得金額は毎試行フィードバックされた。実験の結果、個人間条件と集団間条件の差(i.e. 個人‐集団不連続性効果)は、Insko et al. (1990) の結果よりも小さかった。しかし、この不連続性効果の小ささは、本実験の集団間条件の競争率の低さではなく、個人間条件の競争率の高さによってもたらされるものであった。つまり、本研究の集団間条件はInsko et al.の集団間条件と同程度の競争性を示していたのである。このことは、本研究の背景にあるYuki (2003) の仮説と一貫しない。
以上の予備調査と実験の結果に対して、次の2つの解釈が考えられる。まず、Insko et al. (1990) の実験で使ったマトリクスより、本実験で使ったマトリクスは「非協力の誘惑」(cf. 山岸, 1989)が大きかったため、競争的選択が促進され(Kelley & Grzelak, 1972)、競争率が全体的に底上げされたと考えることができる。また、第2の解釈として、実験状況として採用されたPDG状況が、日本で優勢な集団間状況よりも競争的な構造を持ち、かつ、その競争的構造がマトリクスという形で明示的に示されたために、集団間状況におけるデフォルト方略(鈴木・山岸, 印刷中)から、競争的な別の方略に「切り替わった」ことが、可能性として考えられる。以上の2解釈のいずれが正しいかを検討するために、更なる研究が求められる。