題目: 高次のジレンマ導入による社会的ジレンマ解決の有効性に関する研究

氏名: 下間恵梨

担当教官: 山岸俊男


 他者と資源を交換し合うことで形成・維持される相互依存関係は、人間が生きる上で非常に重要である。しかし集団の一人一人が資源を提供し、全員が享受するような公共財の分配において、時に一人だけ資源を提供せずに分配される利益を得ようとするものが現れるというフリーライダー問題が発生する。このように非協力した方が得だが、全員が非協力した場合には全員が協力した場合よりも利益が少なくなってしまう状況を社会的ジレンマ(Social Dilemma, 以下SD)と呼ぶ。

 SD解決の有力な手段の一つとして罰の導入が挙げられるが、非協力者を罰する(一次の罰)選択肢の存在は、罰するためのコストをめぐり、非協力者を罰するかどうかという二次のジレンマを生む。同様に、SDを罰の導入により解決しようとすると、ジレンマが高次元化していき、問題が先送りされるだけとなってしまう。しかし研究者の間では、ジレンマが高次になるにつれて罰するコストが減少するため、罰行動への協力が相対的に容易となり、その結果ジレンマは解決されるという理論的見解が広く知られている。

 では、高次のジレンマ導入によりSDが解決される事例は社会環境の中で実際に存在するだろうか?例えば三次のジレンマ状況を考えると、世の中で「非協力者を罰しない人を罰する(二次の罰)」現象はどれほど存在するのか?人々の間に地位の違いが存在するなどの特別な場合を除き、実際にはほとんどないのではないか。

 そこで本研究では、二次の罰が起こるかどうかを検討するため、一回限りのSDの後2回の罰決定がある実験を実施し、参加者が、SD非協力者を1回目の罰決定で罰しなかった人を、2回目の罰決定の際に罰するかどうかを測定した。

 参加者は73(男性49、女性24)名であった。実は参加者本人以外の3人はSDと2回の罰決定において一定の行動をとるサクラ(コンピュータ)だったが、参加者は他のメンバーがサクラだと知らされなかった。実験ではまず、4人グループで一回限りのSDを行った。SDでは600円の元手を全員のために寄付するかどうか決定した。寄付した元手は実験者によって2倍に増額された後、4人に平等に分配された。寄付しなかった元手はそのまま本人のものとなった。このSDの結果として、各メンバーの選択(寄付する/しない)と獲得金額が参加者にフィードバックされた。次に参加者は同じ4人グループで罰の決定の作業を行うよう指示された。参加者は罰資金として、相手1人につき100円ずつ、合計300円与えられ、この罰資金のうちのいくらを、相手を罰するために使うかを決定した。相手を罰するために支払った金額(罰資金からの支払額)の3倍が相手から差し引かれたが、差し引かれたお金は罰を与えた人の収入にはならなかった。使わなかった罰資金はそのまま本人のものとなった。参加者には、同様の罰決定を他の3人も行っていると伝えられたが、SDの際と同様、罰決定でもサクラの行動は予め決定されていた。1回目の罰決定が終わると、各メンバーの他の3人に対する罰資金からの支払額の結果がフィードバックされた。その後、最後の罰決定であることが強調された上で、2回目の罰決定が1回目と同様に行われた。ただし2回目の罰決定では、罰資金が1回目と同様相手1人当たり100円の条件と、1回目の半額の50円の条件(被験者間要因)があった。

 SDと2回の罰決定において、3人のサクラはそれぞれ次の行動をとった。「SDで協力し、1回目の罰決定でSD非協力者を罰する(相手CCと略す)」「SDでは協力し、1回目の罰決定で誰も罰しない(相手CDと略す)」「SDで非協力し、1回目の罰決定で誰も罰しない(相手DDと略す)」。

 実験の結果、2回目の罰決定で、二次の罰を行った(「相手CD」を罰した)参加者は、SD協力者46人中7人(15.22%)存在し、またSD協力者が、罰資金のうち、二次の罰を与えるために支出した金額の割合は0.057であった。この値は、1回目の罰決定で一次の罰を行った(「相手DD」を罰した)参加者がSD協力者46人中30人(65.22%)で、一次の罰のための支出金額割合が0.457であったことと比較すると、非常に少ない。

 この二次の罰が非協力者の利得を協力者以下に引き下げ、非協力の有利性をなくすほどの「十分な罰」であったのかどうか検討するため、グループの4人全員が本当の参加者だった場合を仮定し、今回の実験データを用いて獲得金額の期待値を比較した。すると、一次の罰を行った人(SD非協力者を罰したSD協力者)は1128円、行わなかった人(SD非協力者を罰しなかったSD協力者)は1216円となった。よって、実験で起こった二次の罰には、一次の罰を行わなかった人を罰する効果がなかった。さらに、SD協力者の獲得金額の期待値は1160円、SD非協力者は1435円であったため、実験で起こった罰は、(一次・二次とも)非協力者を罰する効果がなかったことが示された。

 事後質問紙において、参加者は、グループの他の3人の相手に対する印象を評定した。その結果、一次の罰を行う「相手CC」は、二次の罰を行った参加者には良い印象を持たれていたが、その他の参加者には比較的悪い印象を持たれていた。

 以上の実験結果は、二次の罰が非協力者を罰するのに十分な効力を持った形では存在しないことを示しており、二次の罰は起こらないとの予測と一貫していた。さらに、罰を行う人は、罰を行わない人に比べて悪い印象を持たれる可能性が示された。これらの探索的知見から、SDの解決策を検討する今後の研究では、罰を所与の条件としてでなくよく検討した上で議論することが望まれる。


修士論文題目一覧