題目: 公共財問題の解決としての社会的埋め込み:2つの交換ドメイン間の行動の連動に関する実験研究
氏名: 品田瑞穂
担当教官: 亀田達也
それでは,公共財問題のような社会的ジレンマ問題が解決されている実例が存在するのだろうか (e.g., Ostrom, 1990).1つの回答として,人々が社会的ジレンマ状況だけに依存するのではなく,網の目のような別な交換関係に埋め込まれており,そこから得られる利益を得るために協力している可能性が挙げられる (Gurven, Allen-Arave, Hill, & Hurtado, 2000).つまり,もし人々が,社会的ジレンマ状況の非協力者には別な交換関係で非協力すると仮定するなら,利己的個人が社会的ジレンマ状況において協力せざるを得なくなる.しかしこの仮定は,人々が別な交換関係に依存するほど,成立が難しくなる.なぜなら,別な交換関係において非協力することは,その相手との将来の相互協力による利益を失う行動になりうるため,2次の社会的ジレンマ問題 (Oliver, 1980; Flache & Macy, 1996) を含む.しかし,近年の理論的研究は,社会的ジレンマ状況が,他の交換関係と相互に影響しあう関係にある場合に,相互協力が達成されるメカニズムを提案している (青木, 2001; Horne, 2001; Flache & Macy, 1996; Takagi, 1999; Millinski, Semmann, & Kranbeck, 2002).例えば,青木 (2001) は,特定の歴史的文脈のもとで,人々が社会的ジレンマ状況と別な交換関係を自発的に連結させた行動をとるなら,社会的ジレンマ問題が解決されると論じている.具体的には,社会的ジレンマ状況で非協力する利己主義者は,他者の行動に関して,以下の2つの予測を持つならば,協力せざるを得ない.第一に,人々は,社会的ジレンマ状況の非協力者は他の状況でも非協力すると考えている.第二に,そのため人々は,搾取されないために彼(彼女)を別な交換から排除する.利己主義者がこれらを予測し,他の交換から得られる利益が十分大きいなら,たとえ2次的ジレンマ問題を引き起こす利得構造が客観的に存在しても,利己的行動は抑制される.この論理的帰結は,例えば徳川時代の農村における村八分のように,特定の歴史的条件が揃う場合に成立する.それでは,そのような条件のない状況においては,人々は社会的ジレンマ状況と他の交換関係を連結させるのだろうか.言い換えれば,我々は,複数の交換関係の連結により社会的ジレンマ問題を解決するための心的機制を持っているのだろうか.この問いを検討するために,本研究は,2種類のゲームを並行して行う実験状況において,人々が自発的にゲームを連結させる行動をとり,社会的ジレンマ状況における相互協力が促進されるかどうかを検討した.具体的には,社会的ジレンマ (SD) ゲームの試行と,囚人のジレンマ (PD) ゲームの数試行を交互に繰り返し行う実験状況を設定した.PDゲームを用いたのは以下の理由による.繰り返しのあるPDゲームは,非協力が優越戦略のSDゲームと異なり,相手の行動に応じて協力・非協力を決定することが望ましい安心ゲーム (assurance game) に変換されうる (山岸, 1993).従って,もし人々が,繰り返しのあるPDゲームを安心ゲームとして捉え,社会的ジレンマゲームにおける非協力者が別なゲームにおいても非協力すると予測するなら,社会的ジレンマゲームにおける行動を手がかりとして,PDゲームにおける行動を決定することが,主観的には合理的行動となる.
実験条件では,各参加者は,実験を通して固定のIDを与えられ,SDにおける行動をPDゲームにおいて手がかりとして参照することができた.一方,統制条件においては,それぞれのゲームにおいて,対応関係のないIDを与えられた.実験の結果,1)実験条件においては,SDゲームの非協力者に対するPDゲームの協力率は,SDゲームの協力者に対する協力率よりも低い.2)実験条件におけるSDゲームの協力率は,統制条件よりも高い,という結論が導かれた.ただし,本研究では,実験参加者が他者の行動に一貫性があると考える心的バイアスが存在していたのか,それとも非協力者に対する怒りによって非協力行動をとったのかを直接測定しておらず,間接的な証拠しか得られていないため,さらなる検討が必要である.