題目: 反復囚人のジレンマにおけるコーディネーション問題の解決

氏名: 森田康裕

担当教官: 山岸俊男


 本研究では、コーディネーション問題が、これまで繰り返しのある囚人のジレンマ(以下、反復PD)における相互協力の達成を困難にしている可能性に着目する。たとえば、歩道の真中を2人の歩行者が互いに反対方向から近づきつつある状況を考える。この2人がぶつかることなく進むためには、別々の方角へよければよい。しかし、2人が同時に同じ方角によけてしまい、前へ進めず立ち往生することがある。このように、互いに相手の行動に対して自分の行動を調整できないことを本研究ではコーディネーション問題とよぶ。なぜこの場合、コーディネーション問題が起こるのだろうか。それは、2人の歩行者が同時に動くからで、どちらか一方が動いた後にもう一方が動くのであれば、決して立ち往生することなく進むことができる。同様のことが従来の反復PDにおいても考えられる。従来の反復PDの場合、2人が意思決定(C:協力、D:非協力)を同時に行う。つまり、2人が同時に意思決定を行っているため、たとえプレイヤーがTFTを採用しても、PDでの意思決定の組み合わせがC-C、C-D、D-C、D-Dの4通り考えられ、そのことが反復PDで相互協力の達成を困難にしていると考えられる。それに対して、プレイヤーが交互にPDの意思決定を行う場合を考えると、状況は一変する。つまり、2人のうち一方が決定を行った後、その結果を受けてもう一人のプレイヤーが決定を行うことを繰り返す場合、プレイヤーがTFTを採用すると、決定の組み合わせは、C-C、D-Dの2通りしかない。これは、2人が交互にPDをプレイする場合、コーディネーション問題が理論的に存在しないことを示している。

 本研究では、2人が同時に意思決定を行うPDを同時PD、2人が交互に意思決定を行うPDを順次PDと呼ぶ。

 本研究では、コーディネーション問題が2者間の相互協力の達成を困難にしている可能性に注目する。順次PDより同時PDで、コーディネーション問題はより深刻になると考えられる。さらに、順次PDでは、理論的にコーディネーション問題が存在しないので、2人が互いに相互協力を望む場合、同時PDに比べコーディネーション問題が解決されやすく、相互協力状態が達成される可能性が高い。そこで、本研究では、被験者間要因として同時PDと順次PDの2条件を設け、各条件における協力率を比較することで以下の仮説を検証する。

 仮説:順次PDの方がコーディネーション問題を解決しやすいので、同時PDより協力率が高い。

実験課題

 参加者は、2名1組でPDを60回行う。具体的には、まず、各参加者には、各試行の最初に実験者からお金のやり取り(PD)に使う元手として10円が与えられる。各参加者は、試行毎にこの元手10円を「相手に渡す」か「相手に渡さない」かの選択をする。

 たとえば、参加者が「相手に渡す」を選択した場合、そのお金は実験者によって2倍にされて相手に渡される。この場合、「相手に渡す」を選択した参加者自身が獲得するお金はゼロである。一方、相手が獲得する金額は20円となる。次に、参加者が「相手に渡さない」を選択した場合、選択を行った参加者はそのまま10円を獲得する。一方、相手が獲得する金額はゼロとなる。同様に相手もこの選択を行う。このお金のやり取り(PD)において、「相手に渡す」決定を協力行動とし、反対に「相手に渡さない」決定を非協力行動とした。条件は、同時PD条件と順次PD条件の2条件で、従属変数はPDのペア平均協力率。

第1実験

 同時PD、順次PD両条件には、それぞれ15ペアが参加した。第1実験のペア平均協力率は、同時PD条件で89.83%(sd=14.67)、順次PD条件で95.17%(sd=8.35)であった。しかし、両条件のペア平均協力率には、統計的に有意な差は見られなかった(t (22.2)=1.22,ns,片側検定)。この結果から、本実験において仮説は支持されなかった。その理由として、天井効果が考えられる。そこで、意図的に協力率を低めるために参加者のPDでの選択情報にノイズを入れた第2実験を行った。これにより、両条件において相互協力達成のために、コーディネーション問題の解決がより重要な問題となる。

第2実験

 第1実験のデザインのもと、一定のタイミング(15試行ごと計4回)で参加者のPDでの選択情報にノイズを入れた。ノイズとは、参加者のPDでの実際の決定に関わらず、「相手に渡さない」選択をしたというフィードバックがペアの相手側に通知されることである。各条件にそれぞれ15ペアが参加した。

 ペアの平均協力率は、同時PD条件で71.39%(sd=29.04)、順次PD条件で85.56%(sd=12.97)であった。両条件でペア平均協力率に有意な差が見られた(t(19.4)=1.85,p<.05,片側検定)。さらに、ノイズ混入直後から、次のノイズまでの15試行を3試行ごとに5ブロックに分けて、ゲームタイプ(同時、順次)×ブロック×ノイズのタイミングの分散分析を行ったところ、ゲームタイプとブロックの交互作用効果(F(4,112)=3.10,p<.05)が、有意であった。つまり、同時PDに比べ、ノイズの混入によって相互協力状態が崩れても、順次PDで協力率が回復しやすいことが示された。以上の結果から、本研究の仮説は支持されたといえる。

考察

 本研究では、反復PDでプレイヤーが互いに相互協力を望んでも、互いに行動を調整できないというコーディネーション問題のために、相互協力の達成が困難となっている可能性に焦点を当てた。そこで、反復PDでプレイヤーが交互に決定を行うことが、コーディネーション問題を解決し相互協力を達成するのに有効であるのかを検討するために、同時PDと順次PDを用いた比較実験を行った。結果は、同時PD条件と順次PD条件で平均協力率に差があったことから、反復PDにおいて、コーディネーション問題が相互協力の達成を困難にしている可能性を示した。さらに、同時PDに比べ、順次PDの方がコーディネーション問題を解決しやすく相互協力の達成を促すということがわかった。


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