題目: 集団カテゴリーに付与された「意味」 —集団間行動に関する実験研究—

氏名: 牧村洋介

担当教官: 山岸俊男


 これまでの社会心理学において内集団ひいきは繰り返し研究され,内集団ひいき生起の説明原理が多数提案されてきたが(e.g., Adorno, Frenkel-Brunswik, Levinson, & Sanford, 1950; Dollard, Doob, Miller, Mowrer, & Sears, 1939; Rokeach, 1960; Sherif, Harvey, White, Hood, & Sherif, 1961; Rabbie & Horwitz, 1969),現在最も有力な理論として,社会的アイデンティティー理論(e.g., Tajfel, 1982; Tajfel & Turner, 1979; Turner, 1979)をあげることができる.この理論は,最小条件集団実験(Tajfel, Billing, Bundy, & Flament, 1971)の結果をもとに,内集団ひいき生起の十分条件としてカテゴリー化を提案している.この社会的アイデンティティー理論は,今なおも繰り返し検証され,かつ精緻化されている.その一方で,カテゴリー化が,最小条件集団における内集団ひいき生起の十分条件ではないことも明らかにされている(e.g., Gaertner & Insko, 2000; 神・山岸, 1997; 神・山岸・清成, 1996; Karp, Jin, Yamagishi, & Shinotsuka, 1993; Rabbie, Schot, & Visser, 1989).Yamagishi, Jin, & Kiyonari(1999)は,7つの一貫した実験結果をもとに閉ざされた一般的互酬性の期待仮説を構築し,最小条件集団における内集団ひいき生起の原因として,内集団成員からのひいきの期待を提案している.しかし,今なお,社会的アイデンティティー理論は広く支持されており,現在では最小条件集団における内集団ひいきのみだけではなく,現実社会における内集団ひいきに対しても説明力をもちうるとされている.そこで,本論文の目的は,内集団ひいきの説明原理として提供されている社会的アイデンティティー理論や閉ざされた一般的互酬性の期待仮説が,理論構築の基盤となっている最小条件集団以外のパラダイムに一般化することが可能であるかを調べることにある.

 本研究では,神・山岸(1997)の最小条件集団を用いた一回限りの囚人のジレンマ実験を,「国籍」を実在カテゴリーとして用いて行った.具体的には,内集団として日本人集団を,外集団としてオーストラリア人集団もしくは韓国人集団の2種類の集団を用いた(被験者間要因).また,説明原理の同定を目的として,内集団成員からのひいきの期待を操作した(被験者内要因).

 社会的アイデンティティー理論と閉ざされた一般的互酬性の期待仮説から導き出される予測は,内集団成員に対してより多くの金額を提供する,つまり内集団ひいきが生起するという点では共通しているが,その内集団成員に対する協力率の上昇が生じるために要求される条件において異なる.社会的アイデンティティー理論によって要求される条件は,相手が内集団成員であること,それのみである.一方,閉ざされた一般的互酬性の期待仮説によって要求される条件は,相手が内集団成員であることに加えて,内集団成員からのひいきの期待が存在していることである.

 本実験の結果は,両理論から導き出されるそれらの予測を大きく裏切るものであった.参加者は内集団成員よりも外集団成員に対してより協力的にふるまう,つまり外集団ひいき的に行動をした.さらに,提供金額や期待金額(取引相手からの提供金額に対する期待),事後質問を用いて分析した結果,この外集団ひいきの原因は,最小条件集団における内集団ひいきの説明として用いられてきた集団同一化や内集団成員からのひいきの期待とは異なり,外集団の国籍がオーストラリアの場合は好意的なステレオタイプであり,外集団の国籍が韓国の場合は史実を省みることで生じた,非協力行動を抑制する社会的規範であることが示唆された.このことは,最小条件集団のような純粋にカテゴリーのみで定義される集団における内集団ひいき生起のメカニズムを,国籍のような成員自身にとってカテゴリーが有意味な実在カテゴリーにおける内集団ひいき生起のメカニズムとして,そのまま一般化することができないことを示唆している.また,相手が内集団成員の場合,ひいきの期待が存在することで協力率が上昇することが示されていることから,実在カテゴリーにおける集団内行動は,最小条件集団の場合と同様に,内集団成員からのひいきの期待を基盤にしている可能性があることが示唆された.


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