題目: 機能する裁判員制度のために —地位に差のあるメンバーによる集団意思決定過程の観察から—

氏名: 藤田政博

担当教官: 亀田達也


 現在進行している司法制度改革の中で、「裁判員制度」という参審制的な市民参加制度の採用が予定されている。「裁判員制度」とは、法定刑の重い犯罪に関する刑事裁判において、一般市民の中から選ばれた裁判員が裁判に参加し、裁判官と対等の権限を持って、裁判官とともに事件について評議しながら、有罪・無罪の評定及び刑の量定を行う制度である。

 この制度は、民主主義的な意義からは望ましい制度と考えられる。ただ、国民と法曹との十分なコミュニケーションや、社会常識の反映をこの制度に期待するなら、そこに参加する市民が単なる飾りとなるようでは「裁判員制度」が機能するとは言えない。さらに、積極的に「機能する」と言えるためには、評議に参加する裁判官・市民が、それぞれの役割を果たし、評議において適切な役割分業が行われることが必要になるだろう。

 そこで、本研究では、機能する裁判員制度のために、法的素養に差があるメンバーが法的な課題について意思決定を行う際に、主体的・実質的に評議に参加し、適切な役割分業が生じうるかどうかを、集団意思決定実験を行って検討した。ここでいう適切な役割分業とは、法律の素養のあるものが法的知識を供給すると共に議論をリードする一方、市民は自らの「健全な社会常識」を反映させるべく、アイディアや知識を供給することを言う。

 実験では、法的素養に格差のある状態を作り出すため、各学部1, 2年生(教養生)と法学部3, 4年および修士課程学生の参加を募った。そして、法学部生2人と教養生4人でひとつの評議体とした。裁判員制度類似の状況を扱うため、刑事事件を扱った。さらに、評議に参加するか否かで司法に対する意見が異なるかを検討するために、評議を経験しない個人条件を設けた。

 評議中の影響に関して検討するため、規範的影響・情報的影響、評議の進行などについての発言カテゴリーを作成し、発言頻度を計測した。

 法学部生がその役割を果たしたかについてみるために、評議に関するリーダーシップを誰が主に握ったかを、「話し合いを進める発言」発言数から検討した。法学部生は教養生よりも圧倒的に多くの「話し合いを進める発言」をしており、主に評議の進行の役割を担っていた。また、法的知識の供給を適切に行っている様子も観察された。

 このように、法学部生は評議において積極的な役割を果たしていた。ただ、こういった積極的役割を果たすことで、専門知識以外の点において、必要以上の影響を評議中に行使した可能性がある。これを検討するために、規範的影響に関する発言数についてみたところ、法学部生の方が教養生よりも有意に多いという結果になった。つまり、高地位者である法学部生が規範的影響に関する発言を有意に多くしていた。これは、高地位者による規範的影響の行使を示唆する。

 ただ、情報的影響の発言数を見ると、規範的影響に関する発言数よりも圧倒的に多かった。そして、1グループあたりの情報的影響の発言数は、法学部生と教養生で差があるとはいえなかった。

 一方、教養生がその役割を果たせるかを検討したところ、教養生の発言のうち、全体の4割強が自らのアイディアや知識に関する発言であったことからすると、自らの考えを述べることで、自らの役割を発揮したと言えるだろう。

 教養生の発言が多くなると、評議に出るべきではない内容に関する発言も多く出ることも考えられる。しかし、この点に関しての教養生の発言は、教養生全体の発言の4%弱に過ぎなかった。

 今回の実験では、評議中の発言の多くが事件の情報に関するものであり、法学部生・教養生とも行っていたことは、法的素養に格差のあるもの同士が評議に参加した場合であっても、事件に関する話し合いは十分に行われうることを示唆している。また、各参加者がその役割を果たしていた。このように、「機能する」裁判員制度という観点からは好ましい結果がみられた。ただ、法学部生の方が、一人あたりの発言数が多く、1グループあたりの規範的影響についての発言が多く、また評議をリードしていく発言が多かったことからすると、さらに地位の差の大きい実際の裁判員制度では、評議の進行に関して、発言数の点では、どうしても裁判官の方が多くなることは避けられないだろう。評議中で意見を述べる裁判官と、司会役の裁判官を分けるなどの配慮をしたり、裁判官は意識して、市民に発言を求めたりするという評議の進行についてのルールを定めることが必要だろう。

 評議に参加した教養生と参加しなかった教養生の間で、事後質問紙の回答を比較したところ、裁判員制度に関しての意見は特に異ならなかった。このことからすると、たとえ裁判員制度導入によって市民に対する教育的効果教育効果があったとしても、評議に参加したその場で直ちに意見の差が生じるほどではないだろうと言える。そもそも、「教育的効果」が、評議に参加した直後のその場で即効的に生ずることを期待するのが無理であることを考えれば、当然の結果であったといえるかもしれない。したがって、この点に関して検討するためには、裁判員制度導入後、継続的調査が必要だろう。


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