題目: 夫婦関係の質とコミュニケーション

氏名: 土倉 玲子

主査: 山岸俊男


 本論文のテーマは「夫婦関係の質」である。本論文の第1章で紹介されているように、これまで、夫婦関係の質に関して多くの研究が行われてきた。本研究は、これまでの研究の蓄積の中で指摘されてきた2つの問題に焦点を絞り、そのそれぞれについてより詳細な分析を試みたものである。

 まず第1の問題は、夫婦関係の質(ないし夫婦関係への満足度の評価)に存在している、妻と夫との間のずれの問題である。夫婦関係について妻が感じている満足度は、夫が感じている満足度を下回るという事実が、これまで日本で行われた調査で繰り返し確認されているが、このような夫婦関係満足度に関する妻と夫との間のずれは、アメリカで行われた調査では見られていない。なぜ日本では、妻は夫よりも夫婦の関係により大きな不満を感じているのか、逆に言えば、なぜ夫は妻よりも夫婦の関係により満足しているのか――これが、本研究が取り上げる第1の問題である。

 また、第1の問題に関しては、上述の夫婦関係に対する満足感のずれと同時に、もう一つのずれが存在することが、本研究の発端となった第1調査の結果から明らかにされている。すなわち、夫が妻の活動を実際に評価しているほどには、夫は自分のことを評価していると妻は思っていないという、実際の評価と、相手からの評価の予想の間の「ずれ」である。この、相手に対して持っている評価が、正しく相手に伝わっていないという「評価伝達のずれ」が、夫婦間の第2のずれとして本研究が取り上げている問題である。本研究では、第1のずれ――夫婦関係の様々な側面において、妻と夫との評価の間に存在しているずれ――を、「夫婦間での評価の乖離」と呼んでいる。これに対して、第2のずれ――一方の評価が他方に正確に伝わっていない――は、「夫婦間での評価伝達問題」と呼ばれている。

 本研究が取り上げる第2の問題は、夫婦間のコミュニケーション行動と、夫婦関係の質ないし夫婦関係への満足感との関係であり、特に、夫婦関係における上述の2種類の夫婦間のずれ――評価の乖離と評価伝達問題――と、夫婦間のコミュニケーション行動との関係の問題である。より端的に言えば、夫婦間のずれは、夫婦間での適切な情報伝達の不足により生み出されているのか、それとも、それ以外の要因により生み出されているのかという問題である。この問題に関して、本研究では、社会的交換理論の立場から、夫婦間の会話を中心としたコミュニケーション行動のもつ意味について検討している。すなわち、夫婦間のコミュニケーション行動は、情報の伝達という機能だけではなく、「関心」という「心理的資源」の交換としての機能を果たしているという観点から、コミュニケーション行動が夫婦間のずれに対してもつ意味について検討している。

 本論文の中心は、上述の2つの問題を検討するために学位申請者が3度にわたり実施した調査研究結果の分析にある。第1調査は1994年に実施され、札幌市内の124組の夫婦を対象にしている。第2調査は、札幌市内を中心とした177組の夫婦を対象に1999年に実施された。第3調査は、札幌市内と名古屋市内を中心とした300組の夫婦を対象に実施された。これらの調査の特徴は、妻と夫の双方に対して同じ質問を尋ね、同時に、相手がその質問に対してどのように答えるかを予想させている点にある。この方法を用いることで、夫婦間に評価の乖離が存在していることを示すだけではなく、その乖離の大きさが如何なる要因と関連しているのかを分析することが可能となる。夫婦ペアを用いない従来の研究方法では、妻の回答の平均と夫の回答の平均の間に差が存在することは明らかにできるが、その差が如何なる要因と関連しているかを分析することはできない。この点が、本研究の一つの重要な特徴である。

 3度にわたり実施された質問紙調査研究の結果は、本論文の第3章から第8章にわたって報告されているが、ここでは、そこで報告されている主要な結果についてのみ、その概略を紹介する。

 以上が、本論文で紹介されている主要な知見の概要である。なお、調査結果の報告をその内容とする第3章から第8章にかけてが本論文の中心であるが、それ以外の章に関して、ここで簡単に紹介しておく。序論では、本研究で取り上げる問題に関しての大まかな説明と本論文の構成についての概要が説明されている。その後第1章「夫婦関係の質に関するこれまでの研究」では、本論文の中心的なテーマである夫婦関係の質を扱ったこれまでの研究を検討し、本研究で取り上げる2つの問題の意義を、既存研究の文脈の中に位置付けている。続く第2章では、本論文で紹介されている、学位申請者が実施した3つの調査研究の具体的内容についての紹介が、それぞれの調査ごとに行われた後、3つの調査で用いられた変数のうち、一貫している変数と異なっている変数に関しての説明がなされている。最後の第9章は総合考察にあてられ、第3章から第8章にかけて紹介された調査結果の分析の意味が検討されている。


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