題目: 集団行動原理の文化間多様性とその社会構造的原因の解明

氏名: 竹村 幸祐

主査: 結城 雅樹


 近年の比較文化研究は、「東アジアは集団主義的で、北米は個人主義的」とする従来の通説を否定し、北米人も東アジア人と変わらないほど集団主義的であることを明らかにした(e.g., Oyserman, Coon, & Kemmelmeier, 2002)。その一方で、集団行動の背後にある原理そのものが文化間で異なる可能性も指摘され(e.g., Yuki, 2003)、その詳しい解明が求められていた。本研究は、集団状況での心理過程が東アジアと北米の間でどのように異なるかを明らかにすることを第一の目的として実施された。また第二の目的として、集団行動原理が文化間で異なるとして、その文化差を生み出している社会構造的要因が何であるかを解明することを目指した。以上の目的の下、質問紙調査・実験室実験による比較文化研究が実施された。

  集団行動原理の文化差について、Yuki (2003) は次の仮説を提唱している。まず東アジアでは、所属集団(内集団)内部の要素、特にメンバー間の関係構造や互酬性が重要な役割を果たすという。これに対し、北米では、内集団と他の集団(外集団)の弁別性や優劣関係が重要な役割を果たすとされている。研究1~3ではこの仮説を検証した。

 まず研究1では、見知らぬ他者に対する信頼を日米で測定した。その結果、アメリカでは一貫して外集団メンバーが内集団メンバーより信頼されず、アメリカにおける内外集団弁別の重要性が示された。一方、日本では、内外集団弁別よりむしろ、相手と自分の間の対人ネットワークの有無が信頼を規定することが示された。研究2においては、内集団への協力行動の背後にある心理過程が日米で異なることが示された。すなわち、日本人の協力行動の背後には、「集団内の非協力者は罰される」とデフォルトで仮定する心理傾向があるのに対し、アメリカ人はこの心理傾向を持っていないことが明らかにされた。そして、記憶課題を用いた研究3では、日本人は内集団内部のメンバー間関係やメンバーの動向に対して注意を払いやすいのに対し、アメリカ人は内外集団間の優劣関係に対して注意を払いやすいことが明らかにされた。以上を通じて、集団状況での心理過程が東アジアと北米で異なり、東アジアでは内集団内部のネットワークや制裁、互酬的関係が、北米では内外集団間の弁別や優劣関係が重要であることが明らかにされた。

 研究4および5では、こうした文化差を生み出す原因となっている社会構造的要因の解明を目指した。特に上の研究3の知見に注目し、内外集団間の優劣関係に対する関心(集団間比較志向)が北米で強いのは、関係流動性(当該社会における新しい対人関係を形成できる機会の多さ; Yuki et al., 2007)が北米で東アジアよりも高いためであるとする仮説を検証した。

 研究4では次の仮説を検証した。すなわち、北米では関係流動性が高く、そのために「競争に勝つ」ことが大きな利益をもたらす社会状態(Frank & Cook, 1995)が発達し、個人間の優劣関係に対する関心とともに集団間の優劣関係に対する関心も高まったとする仮説である。研究4A(日本とアメリカ)と研究4B(日本とカナダ)のいずれでも、集団間比較志向に加えて個人間比較志向(自己と他者の優劣関係に対する関心)が測定された。その結果、集団間比較志向と個人間比較志向は正の相関関係にあり、ともに日本よりもアメリカ/カナダで高かった。さらに、集団間比較志向における文化差は、個人間比較志向の文化差によって部分的に説明された。以上の結果は、北米の高い流動性に起因する競争性が集団間比較志向を高めているとする仮説と一貫している。

 研究5では、関係流動性と集団間比較志向の関係についてのもうひとつの仮説を検証した。高流動性社会では、低流動性社会よりも、社会関係の構築・維持において各個人の持つ資質(e.g., 個人的能力)が重要になる。ただし、他者の個人的資質を判断する際には、その所属集団についてのステレオタイプが統計情報として使用されることがある(Thurow, 1975)。その結果、集団レベルの優劣関係に基づいて個人の資質が判断されることとなり、そうした社会状況での適応的心理傾向として集団間比較志向が高くなったと考えられる。この仮説の概念的検証として、集団間比較志向測定前に相互作用相手に関する予期を操作する実験を日本で実施した。実験の結果、仮説に一貫し、相互作用相手が参加者の個人的資質を把握していないと予期される状況で集団間比較志向が高くなることが示された。

 以上のように本研究では、集団状況における心理過程が東アジアと北米で異なること、さらに、その文化差の背後には関係流動性という社会構造的要因が存在することが示された。最後に、こうした知見と北米の個人主義に関する知見の統合的理解の可能性について議論された。

 


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