題目: 外集団脅威に対する防衛的心理機構:その多様性と性差の解明
氏名: 横田 晋大
主査: 結城 雅樹
本論文の目的は、集団間葛藤を引き起こす人間の心理機構の特性を、特に外集団からの脅威(外集団脅威)への対処機構という適応的機能、およびその多様性と性差に注目しつつ解明しようとするものである。
本論文の特徴は、人間の行動パターンと心理機構を社会環境への適応の産物と捉える適応論の立場から分析した点にある。
人は一般に、自らの所属集団を優遇し、他の集団を冷遇する内集団ひいき傾向を持つことが知られている。従来、この現象は集団間葛藤の原因として扱われ、単一の心理機構から生じるとされることが多かった。
しかし、近年の研究から、内集団ひいきの背後では、複数の独立した心理機構が働いていることが示唆された。本論文はこの観点を更に深め、次の二つの新たな仮説を検証した。第一に、人間には外集団脅威に対処
する適応心理機構が実装されている。この心理機構は、状況手がかりが与えられると発動し、適応行動である内集団ひいきを自動的に引き起こす。更に、この内集団ひいきは、内外集団間の利得の差を拡大しようと
の競争的な動機に基づく(仮説1)。第二に、この適応心理機構には少なくとも二種類あり、それぞれが、外集団からの妨害の排除と、外集団からの汚染の回避という独立の適応課題と結びつく(仮説2)。以上の仮
説を検証するため、実験室実験と質問紙調査の合計五つの実証研究が行われた。
まず、実証研究1では、仮説1を、プライミング法を用いた実験室実験にて検証した。その結果、予測通り、事前に外集団脅威の状況手がかりを与えた参加者は、非協力の誘因が存在する社会的ジレンマ状況ですら
協力行動を増加させること、そしてその背後には内外集団間の競争動機があることが示された。(実証研究1)
続いて、実証研究2と3において、仮説2の適応心理機構の多様性を明らかにするため、どの種類の外集団に対して、いかなる属性を持つ行為者が、どのような心理機構を発動させやすいかを検討した。
実証研究2では、外集団の種類と本研究が注目する二種類の適応心理機構(外集団による妨害の排除/外集団からの汚染の回避)との対応関係を検討した。近年の進化心理学の研究では、外集団の種類が異なれば、それに対して知覚される脅威の性質も異なるため、発動する適応心理機構の種類も異なると指摘されている。また、社会的認知の分野では、「集団らしさ」の認知には、大きく分けて、成員間の外見の類似性に基づくものと、成員間の行動の協調性に基づくものがあるとされている。実証研究2では、これらの議論に基づき、脅威の知覚対象である外集団の外見的特徴と、知覚される脅威の種類、および適応心理機構(特に集団間感情)の種類との対応関係を検討した。実験室実験と質問紙調査の結果、次のことが明らかになった。人は、内集団と異なる外見的特徴を共有する外集団に対して、未知の病原体や価値観に汚染される「汚染系脅威」を知覚する傾向にある。その結果、外集団の回避を導く嫌悪感情を抱きやすい。一方、集団成員の振る舞いが互いに協調的な外集団に対しては、内集団の資源が掠奪されたり、身の安全が危機にさらされたりする「妨害系脅威」を知覚しやすい。結果、外集団への攻撃・排除を促す怒り感情を生起させやすい。(実証研究2-1, 2-2)
実証研究3では、外集団脅威を知覚する行為者の属性、すなわち性別により、実証研究2で明らかにした二種類の適応心理機構の発動しやすさが異なるか否かを検討した。先行研究によれば、男性は一般的に妨害系脅威に反応しやすく、女性は汚染系脅威に反応しやすいという。本論文では、こうした異なる種類の脅威への反応性の違いが、男女の外集団脅威の知覚とそれに対する適応行動の違いに現れると予測し、二つの実験を行った。その結果、予測通り、男性はプライミング法によって事前に与えられた妨害系脅威の状況手がかりに反応し、女性は、汚染系脅威の状況手がかりに反応して、後の最小条件状況で外集団差別を示した。ただし、二つ目の実験では、男性に備わった心理機構の結果が再現されなかったり、脅威の手がかりが存在しない条件ですら男性は差別を示す傾向があったりなど、今後の検討課題が残る結果となった。(実証研究3-1, 3-2)
総合考察では、以上の研究成果を整理し、総括的な考察を行った。本論文で明らかになったのは、人間に備わった多様な外集団脅威への適応心理機構の存在、そして、その発動のしやすさが、外集団成員の外見的特徴や行為者の性別に左右されることだった。その後、本知見の理論的、実証的な問題点を議論した。特に、本論文で仮定する心理機構が厳密な意味での「進化」の過程で獲得されたとの確証が不十分であることや、内集団への協力行動の増加に伴うただ乗り問題が未解決であることなどが挙げられる。これらは、著者が取り組むべき今後の課題である。