題目: 内外集団に対する協力行動と制裁行動

氏名: 寺井 滋

主査: 山岸 俊男


 本論文は、社会心理学において「内集団ひいき」と呼ばれてきた現象――内集団(自分の属する集団)成員に対しては好意的な行動を示し、逆に外集団(自分の属さない集団)成員に対しては攻撃的な行動を示す――の背後にある、心理的メカニズムの解明を目的とした、2つの実験結果をまとめたものである。

 実験参加者を些細な基準に基づいて分割することで作られた「最小条件集団」においてさえ人々が内集団ひいき行動をとることが明らかにされて以来、内集団ひいき行動の説明には社会的アイデンティティー理論(e.g., Tajfel, 1978)が中心的な役割を果たしてきた。この理論によれば、人々が内集団成員を優遇するのは、自分の属する集団の優越性を確立することで、社会的アイデンティティーをその一部とする自己アイデンティティーの優越性を確認する、すなわち自尊心を高揚・維持するという心理的メカニズムに由来するとされている。

 これに対して本研究は、内集団ひいき行動を、集団内部に資源の一般交換(generalized exchange; Ekeh, 1974)を成立・維持させるための心理的メカニズムに由来すると考える、間接的互恵性(indirect reciprocity)の立場をとっている。この観点から進められてきた研究では、内集団成員に対して有利な資源の提供を行うのは、人々が、集団内部に資源の一般交換関係が存在しており、内集団成員を優遇することによって自分も他の内集団成員から優遇されると直感的に理解するからであるとされている。本研究の特徴は、資源の提供をめぐる研究の枠組みを超えて、内集団成員と外集団成員のどちらに対して制裁行動が加えられやすいかに注目した点にある。

 本研究で実施した実験では、実験参加者は、日本人集団とアメリカ人集団のいずれかに属しており、実験者より与えられた報酬の一部を他の参加者に贈与する機会が与えられていた。贈与されたお金は、実験者により2倍され贈与対象者に届けられる。もし全員が与えられた報酬のすべてを贈与すれば、全員がそもそもの報酬の2倍の報酬を得ることができる。これが一般交換が成立している状態である。本実験では、贈与対象者を1人に限定していた。日本人参加者が日本人参加者を、アメリカ人参加者がアメリカ人参加者を贈与対象者として選ぶとすれば、一般交換は日本人集団とアメリカ人集団のそれぞれの内部で成立することになる。

 一般交換が集団内部に存在するにせよ、集団を越えた参加者全体の間に存在するにせよ、一部の参加者は他の参加者から贈与を受けながら自らは贈与を行わない可能性がある。本実験では、このような「フリーライダー」を発見した場合、その参加者に対して制裁を加える機会が参加者に与えられていた。具体的には、全員が贈与に関する決定を行った後、各参加者は、どのような贈与行動を行っていたかを監視する対象を1人選び、その監視対象者が日米どちらの参加者に対してどの程度の贈与を行っていたかの情報を得た上で、制裁を与えるかどうかを決定する。制裁を与えるためには、制裁を与える参加者自身が(実験者に対して)報酬の一部を支払う必要がある。支払われた金額の3倍の金額が、監視対象者の報酬から差し引かれる。

 本研究における最大の関心は、この制裁行動が内集団成員と外集団成員のどちらに対して行われるか、という点に向けられている。社会的アイデンティティー理論の観点からは、他者の利益を減らす行動である制裁行動は、贈与額とは無関係に外集団成員に対して加えられるはずである。これに対して間接的互恵性の観点からは、制裁行動は、集団内部における一般交換の成立・維持を目的とする行動であり、従ってその対象は内集団のフリーライダーであるはずである。

 本研究で実施した2つの実験の結果は、まず、日本人参加者もアメリカ人参加者も監視対象者として外集団成員よりも内集団成員を選んでいたことを示していた。また、加えられた制裁の程度が監視対象者の贈与額(の小ささ)に比例して大きくなる、という関係が見られ、参加者が他者の報酬を減らす機会をフリーライダーに対する制裁として用いていたことも示された。贈与行動と制裁行動との関係においては、贈与額の大きな参加者ほど制裁に用いた金額も大きいという関係が見られた。これは、フリーライダーへの制裁行動は一般交換の成立・維持に関する協力行動の一部であるという本研究の解釈に沿うものである。また、贈与額の大きい参加者ほど(外集団のフリーライダーに対する制裁と比較して)内集団内部のフリーライダーに対する制裁の程度が大きいという結果も得られた。これら両実験の結果は、内集団ひいき行動を集団内部での一般交換の成立・維持の観点から捉え、内集団内部のフリーライダーに対する制裁行動を予測する、間接的互恵性の観点を支持するものである。


博士論文題目一覧