題目: 集団状況における協力と罰

氏名: 品田瑞穂

主査: 山岸俊男


 本論文は、社会的ジレンマ問題(集団全体にとっては協力行動が望ましいが、個人にとっては非協力行動が優越する状況)において、非協力者を罰することができる機会を導入した場合に、どのような心理・社会メカニズムが罰行動を導き、罰行動にもとづく協力行動を引き出すのかを検討するために申請者が実施した、4つの実験結果をまとめたものである。本論文の主たる貢献の1つは、これまでの研究で測定されてきた罰行動(コストをかけて非協力者の利益を減らす行動)には、集団内の相互協力を達成するための2次の協力行動としての罰行動だけでなく、競争的な動機からなされる他者との格差拡大行動が含まれることを明らかにした点にある。第1・第2実験では集団カテゴリー情報を操作することで、非協力者と罰の行使者(参加者自身)が同一の集団に所属するという情報の提示は2次の協力行動としての罰行動が引き出す要因となるが、異なる集団に所属するという情報の提示は格差拡大行動としての罰行動を導くことが示された。さらに本論文は罰行動を引き出す要因の検討にとどまらず、そうした罰行動が安定して協力行動を引き出すのに必要な心理メカニズムの解明にも取り組んでいる(第3・第4実験)。罰行動の効果を、罰によって利得構造が変化するという直接の効果だけでなく、他者の協力行動への期待を上昇させるという間接的な効果の2つに分離し、これまでほぼ看過されてきた後者の重要性を明らかにしたことは、本論文のもう1つの貢献である。

 1980年代の心理学・社会心理学を中心とする社会的ジレンマの研究では、罰の導入はジレンマの利得構造を強制的に変換し、非協力行動が生み出す利益マイナス・コストよりも協力行動から得られる利益を大きくする、構造的解決の1つとして位置づけられていた。そこでの焦点は構造変換にさらされた人々の心理・行動の変化であったが、近年の主な研究テーマは、集団内で罰行動が自生する心理的・社会的メカニズムへと移行している。これは集団内協力や罰に関する研究の多くが、現在では、行動経済学と呼ばれる経済学の一分野で行われているためである。行動経済学では、古典的な経済学理論の前提となっている人間の利己性に反する人間行動の解明が進められており、利己性に反する行動の1つとして協力行動や罰行動が取り扱われている。これまでの研究ではおおむね、罰行動は2次の利他行動、つまりコストをかけて他者に利益を与える行動であると考えられている。罰行動が利他行動として定義されるのは、他者を罰するためには報復されるリスクなどのコストがかかるが、罰することで利己的な非協力者が協力行動をとるようになれば、集団全体に利益をもたらされると考えられているからである。これに対し、本論文では、罰行動(コストをかけて非協力的な他者の利益を減らす行動)には、行動経済学者が定義する協力行動としての罰行動の他に、他者に対して優位を確保しようとする競争的動機から生じる格差拡大行動があることを示す2つの実験研究(第1実験・第2実験)を行っている。さらに本論文は罰行動を引き出す要因の検討にとどまらず、そうした罰行動が安定して協力行動を引き出すのに必要となる心理メカニズムの解明にも取り組んでいる。心理学・社会心理学・行動経済学のどの分野においても、利己的な非協力者にとっても(罰によって科せられるペナルティを避けるために)協力が望ましい選択肢になり、相互協力が達成されると考えられている。つまり、罰が協力を導くメカニズムとしては、構造的アプローチと同様に利得構造を変換し非協力行動の利益を減らすという、罰の直接的な効果が想定されている。しかしこうした直接的な効果のみを想定すると、相互協力を達成するには非常に強い罰を行使しなければならない。その結果、罰のコストは膨れ上がり、罰の安定的な供給と、ひいては罰のもとでの相互協力の達成は困難になるはずである。この問題に対し、本論文では、罰には利得構造の変換がもたらす直接の効果だけでなく、他者の協力行動に対する期待の向上がもたらす間接の効果があることを議論し、この間接効果の存在を明らかにする2つの実験研究(第3実験・第4実験)の結果を報告している。

  論文全体は研究の背景、実験研究の内容と結果および考察の順に進み、最後に実験の手続きに関する詳細な内容とデータとが付録としてつけられている。第1章では本論文の概要を紹介し、第2章では本研究の背景となる社会的ジレンマ問題と罰の導入に関するこれまでの研究の概観が行われている。第3章では第1・第2実験の目的、手続き、結果の分析がなされた後、考察が行われ、同様に第4章では第3・第4実験の紹介が詳細に行われている。最終章である第5章では、4つの実験を通して得られた結果についての総合考察がなされている。


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