題目: 一般交換の成立に関する理論的・実証的研究

氏名: 真島理恵

主査: 高橋伸幸


 人は、なぜ利他的に振舞うのだろうか。利他行動とは外的報酬を期待せず他者のために自発的に行う、行為自体が目的の行動と定義されている(Bar-Tal、 Sharabany、 & Reviv、 1982)。人間社会は、人々が互いに利他行動を取り合い助け合うことによって成り立っているが、利他行動そのものは行為者にとっては損失を生み出すだけの、非合理的な行動のはずである。なぜ人間は、そのような非合理的な行動をとるのだろうか。この問題−なぜ人は利他的に振る舞うのか?−は心理学や人類学をはじめ、様々な分野において古くから焦点とされ、その重要性が指摘され続けてきた問題である。本研究の目的の要諦は、この利他性に関するパズルを適応論的アプローチを用いて解くことにある。

 二者間での直接の互恵性に基づく利他行動の成立は、これまでの研究で理論的にも実証的にも示されてきた。しかし、そのような直接の互恵性に基づかない利他行動の成立基盤は、未だ明らかにされていない。しかし近年、生物学の分野において、この問題に対する解答として間接互恵性(他者に対する利他行動は、まわりまわって第三者によって報われる〜情けは人のためならず〜)が提唱され、間接互恵性成立に関する研究がすすめられつつある。本研究の第一の目的は、多人数での助け合い状況(一般交換状況)における適応的な戦略(行動傾向)を特定し、間接互恵性の成立を可能とする理論的条件を解明することにある。本研究の理論編では、一般交換状況における間接互恵性の成立条件を明らかにすることを目的とした一連のコンピュータ・シミュレーションと数理解析が実施された。4つのシミュレーションと数理解析の結果は一貫して、一般交換状況における間接互恵性の成立を可能とする理論的条件が、「(a) Goodへの提供者をGoodとみなして助ける」、「(b) Badへの提供者をBadとみなして排除する」、「(c) Goodへの非提供者をBadとみなして排除する」の3つにあることを明らかにするものであった。この結果は、直接互恵性が存在しない一般交換状況において利他行動の成立を可能とするのは人間の無条件の利他性や無条件利他性に対して報いる心ではなく、「利己主義者を利する者(無条件利他主義者)を排除する」という非寛容な選別的利他主義であるという、利他性の成立についての新たな結論を示している。

 それに続き実証編では、理論編における検討の結果示された一般交換状況における適応的な選別的利他戦略を人々が実際に身につけているのかどうかを検討することを目的とする4つの実験を実施した。その結果、選択的プレイ一般交換状況においては理論的結論と一貫する選別行動−すなわち「(a) 提供者への提供者に提供する」「(b) 非提供者への提供者を排除する」「(c) (提供者が存在する状況で非提供行動をとった)非提供者を排除する」−が実際に観察され、理論的結論の妥当性が支持された。しかし一方で、ゲーム構造は同一であるにもかかわらず、参加者がランダムマッチング一般交換に従事する条件ではそのような行動パターンはみられず、人々が適応的な行動パターンを示すのは、選択的プレイ一般交換に直面した場合のみであることもまた明らかにされた。この結果は、人間社会において人々が実際に直面し、適応的な行動パターンを獲得するに至っている一般交換状況の本質が、ランダムマッチング型ではなく選択的プレイ型の一般交換であることを示唆するものであり、すなわち理論編で提示された、一般交換を扱うモデルの想定状況についての指摘−人間社会における一般交換を扱うならば、選択的プレイ状況を想定することが概念的により妥当である−の妥当性を実証的知見によって支持するものであった。

 また実証編の第4実験では、選択的プレイ一般交換状況で観察された、「同じ提供者であっても利他主義者への提供者と利己主義者への提供者を区別し、利己主義者への提供者を排除する」という理論的結論と一致する選別的利他行動が、人々のどのような心理的基盤によって実装されているかを検討する分析が行われた。その結果、そのような選別的行動は、参加者の「(利己主義者への提供者を含む)不適切な行動をとった者を排除しよう」というネガティブな攻撃的意図に基づいて生じていたものではなく、「適切な行為者に報いよう」というポジティブな利他的意図のみによって促進されていたことが明らかとなった。このことから、一見「厳しい選別主義」として観察される一般交換における適応的な行動パターンが、実は厳しい人間性によってではなく、単純な利他的意図を基盤として実装されていることが示唆された。

 


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